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著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: 死を想え?終末期支える専門看護師  
コラム名: 新地球巷談 26  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/09/29  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   私はいま、世界保健機関(WHO)ハンセン病制圧特別大使の業務でアフリカ大陸の南東、インド洋上に浮かぶ島国マダガスカルにいます。この国は日本の1.6倍の国土に約1600万人の人々が暮らしています。

 アフリカといえば砂漠と貧困、そして灼熱が通り相場でしょうか。幸い首都アンタナナリボは1000メートル近い高地にあり、最高気温も23度前後とまさに日本の秋を思わせる気候です。

 敬老の日、秋分の日が過ぎ、今年も残すところ3カ月ほどとなり、つくづく月日の移ろいの速さを感じます。海外出張の多さを誇るなど児戯めいた気はさらさらありませんが、今年は17回、延べ120日におよぶとなると、いささかの問題も生じます。「夏に綿入れ、冬に浴衣」の諺通り、季節感が喪失しがちになることです。

 さて、漂泊、風狂の俳人、種田山頭火は人生の『秋』を迎え、あらまほしきこととして「死ぬ時は端的に『ころり往生』したい。病んでも長く苦しまない。あれこれ厄介をかけないでめでたい死を遂げたい」と望みました。山頭火に限らず大方の人は『ころり往生』を願います。お年寄りの原宿と呼ばれる東京・巣鴨の刺抜き地蔵尊は、全国各地から『安心立命』と『ころり往生』を願ってお参りに来る善男善女でひきも切らないありさまです。

 今年7月、政府が発表した1人暮らしの高齢者の意識調査によると、65歳以上の71%が子供や孫との同居を避け、独立した生活を望んでいます。頼もしいことに78%は経済的にも自立可能だとのことです。とはいえ、将来の一番の不安として、前回調査を17.4ポイントも上回る82.5%の人々が「健康と病気」をあげました。刺抜き地蔵尊が門前市をなすのもむべなるかなです。

 私の勤める日本財団はここ数年、『新老人運動』の推進者である日野原重明さんを核にして「メメント・モリ」と銘打った講演会とシンポジウムを全国各地で開催しています。メメント・モリはラテン語で「死を想え」という意味です。参加者は老若男女あらゆる年代の方々。とかく死は考えたくないものですが、皆さんが考える以上に「死を想う」ことへの関心は高いのです。

 皮肉なことに、医療の進歩はますます高齢者や治療不能な人々の終末期を長引かせ、本人はもとより、家族の生き方をも左右する大きな問題となっています。メメント・モリは、こうした終末期医療のあり方、さらには日本文化に根ざした望ましい末期とは何かを、日頃から身近な問題として考えていくものです。このところ、ようやく緩和ケア、ホスピスケアという言葉が人々の話題に上がるようになりました。メメント・モリの大きなテーマの1つは、「人間の尊厳を維持しながらの死」の見地から、ホスピスの重要性を世に訴えることでもあります。

 『ころり往生』がかなわなければ、せめて終末期を安心立命の境地で過ごせるような医療を施すのがホスピスではないでしょうか。このホスピスにおいて最も重要なのが専門看護師の存在です。終末期を迎えた患者にとって不可欠なのは、医者よりもむしろ、心の安寧を得るためのホスピス看護師です。患者の医学的看護のみならず、その死を看取ることを専門的役割とするホスピス看護師は人を想う優しさに加えて気丈さが求められるゆえ、誰もが勤まるわけではありません。

 日本財団では5年前から、日本看護協会と協力してホスピス看護師の育成を始め、これまで700人近い専門看護師が誕生しました。まだ枯れ地に水の現状ですが、志の高い人たちの応募は心強いことです。しかし、率直にいって、わが国での終末期医療は医療技術偏重のあまり、肝心の医師の関心が低いことが大きな問題となっています。

 いまなお、あらゆる病気の猖獗(しょうけつ)の地、マダガスカルでは、死は極めて日常的です。咲き乱れるブーゲンビリアを見つつ、私は柄にもなく、『人生の秋』とは何かを思い巡らせています。

 いつまでも生きる 曼珠沙華咲き出した 山頭火
 



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