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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 石原発言の真意?“お題目”唱える安易さが怖い  
コラム名: 透明な歳月の光 76  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/09/19  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   石原都知事が外務省の田中均審議官の家にしかけられた爆発物に関して、「爆弾をしかけられて当たり前」と発言したことについて、政治家、識者、マスコミは、石原氏が北朝鮮外交を批判するためにテロさえ容認するのはけしからん、と一斉に非難した。

 元来石原氏は、何を言っても勝手、その代わり信用も責任もない社会のアウトローである小説家という自由な境涯を自ら捨てて、言葉遣い一つも見張られる政治家という立場を選んだのだから、別に同情しなくてもいいのだが、普通人は、気に食わない相手を現実に爆弾でぶっとばせばいいとは思わない。小説家の仕事は更に綿密なものだから、そんな単純な発想では小説も書けない。氏がテロを容認する人だったら、もうとっくに実行しているだろう。

 石原氏の言葉にある、もっと本質的なものを、私は拾いたいと思う。

 略奪、テロ、大量虐殺などという犯罪は、その底に長年にわたる社会的情況が濃厚に作用している。私はそれらの原因を貧困と怨恨だと感じることが多い。人間はまあどうにか食べられて、仕事があり、子供に教育を許され、就職・移住・学問・表現などの自由がありさえすれば、敢えて大量虐殺に奔走したり、大々的なテロを企画したり、国家ぐるみで拉致などしないものだと思うのである。

 北朝鮮の拉致問題に関しては、ずっと以前、石原氏から、「家族に会ってみる気があったらいつでも紹介するよ」と言われたことがある。しかし卑怯な私は、今この問題に深入りすることは時間も体力も許さないと思ったし、小説家が何にでも正義感から社会問題に首を突っ込む資格があると思うのもでしゃばりのような気がして、石原氏の申し出に応えなかった。石原氏にすれば長い間、政府も、外務省も、野中広務氏外も、旧社会党も、マスコミも、日本人が力ずくで他国に連れて行かれる無法に本気で対策を講じなかった、そのことに危機意識と強い義憤を感じていたと思う。その怒りは一部の国民の側にも社会的エネルギーとしてあったことを、都知事は指摘したかったのだと、私は解釈している。

 テロを悪いということは万人にできる。テロに対するにテロだけはいけない、と言うことも実にたやすい。現実にテロに対するにテロでは、ことは解決しないからである。

 しかしテロを許した空気に対して、長い年月根本から立ち向かおうとする姿勢を見せなかった政治の無能と無気力、マスコミの眼の昏さと怠惰にも大きな責任があるという点は、今回も見過ごされた。

 都知事の言葉を非難して、「テロだけはいけない」という当たり前すぎるお題目を唱えさえすれば、良識ある人になれる安易さが怖い。
 



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