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イラクではまたイスラム教の聖地ナジャムのモスクの外で起きた大きな爆弾テロで、「イラク・イスラム革命最高評議会」の最高指導者であるムハメド・バクル・ハキム師が殺された。遺体は結婚指輪をはめた指だけしか残らなかった、という報道もある。
戦争後のイラクは、部族と宗教上の派閥の抗争の時代に入った。もっとも本質的には、それがイラクの常態だ、とする見方もある。サダム時代はその常態が、それでも安定していた。それを急激に改革しようとして一般の人々の生活までより大きな混乱に巻き込んだのがアメリカとイギリスである。アメリカは、その正義の信念だけで民主主義的政治体系を世界中のどの土地にも植え付けられると信じたらしいが、その単純な思考の不明を深く自覚し、反省すべきだろう。
今またアメリカとイギリスは、イラクの混乱を収拾するために、国連を前面に立てようとしている。日本では最近『バカの壁』という本がベストセラーになっているが、アメリカとイギリス、そして日本でも一部の知識人たちが、ことここにいたってもまだ、国連主導なら何とかなる、と考えているとしたら、「バカの壁」は想像以上に高い。
既に国連の無力さは、広く知れ渡っている。イラクの戦争を止められなかった国連に、どうしてイラクの戦後の混乱が収拾できるのか。ましてやその国連軍がアメリカ主導であるなら、いかに外側の包装を変えても、同じことなのである。
アラブ人は誇り高い人々だ。アメリカであろうと国連であろうと、「よそ者」と「異教徒」に国の統治の主導権を握られたくない。そんなことをされるくらいなら、まだしもサダム・フセインの方がましだった、ということになる。
カイロのスンニ派の最高権威機関「アズハル」の一部のメンバーが、「イラク・イスラム革命最高評議会」を「アメリカにおしつけられたご用政権」と見て「評議会を支援する者は、神(アラー)の敵」と言う所以である。
イラクでは、国連軍の制服を着たり、国連機関の旗の元に働く人は、どこの国から来ていようと、人種的に何人であろうと、本来の任務は何であろうと、すべて遠目には「アメリカ人」として、不満分子の標的になる。
イラクの人たちは、水や電気がない不満のためでも、職がない貧困のためでも、宗教的派閥の対立の憎しみのためでも、その個人的な恨みとは何の関係もない国連軍やあらゆる国連機関を標的にする。なぜならそれらの機関は、アラブ社会の中で明らかに「異物」だからだ。異物は長い時間をかけ、教育によって事前に冷静な予防的処置が施されていないと、人間の体からも社会からも、本来排除される方向に向くものなのである。
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