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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: イタリア旅行?暮らしに見える不便や感動  
コラム名: 透明な歳月の光 70  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/08/08  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   久しぶりにイタリアに来て、イタリアで暮らしている人の話を聞いたり、実際に暮らしぶりを見たりするのは感動的だ。

 イタリアには多数の移民が流れ込んでいるが、それが又政府民間共に頭痛の種である。貧しい移民は、必ず売春、麻薬密売、暴力事件などに絡んで来るからだ。

 しかし頭痛の種であることと貧しい彼らに情をかけねばならないと考えることとは別である。彼らは町で乞食をしていることも多いが、イタリア人は、彼らに小銭を恵んでやる人も多い。おばあさんは小銭を必ず幼い孫に持たせて、彼らのかごに入れさせるようにするという。貧しい人を救うことは、教育であり、信仰の根幹なのである。なぜなら神は我々の前に現れる最も貧しい人の中にいることになっているからだ。

 そういう話を聞いていると、私たちのバスが交差点で停った。私たちの前に停っている1台の乗用車に1人の初老の男が近づいてドライバーに帽子をさし出した。するとドライバーは窓を開けて小銭を恵んだ。初老の男はまだひどく老いぼれてもいない。ちょっと憎らしい感じすらする。それでも人々は自分より気の毒に思えば恵むのだ。

 おばあちゃんに育てられた1人の男がいた。自分をかわいがってくれたその祖母が最近死んだ。男は知人にぼやいて言ったという。

 「ほんとうに僕が仕事に忙しくて、一月に一度もおばあちゃんの墓参りに行けないんだ」

 「お墓はどこにあるの?」

 質問者は当然市内のどこかの墓地のことを考えていた。しかし祖母の墓はナポリにあった。ローマ?ナポリ間は約220キロ。それがイタリア人の人情なのだ、という。

 しかしほめてばかりいられない面もある。この酷暑の中、有名な教会など、私たちが訪ねようとしている所にはすべてバスが寄りつけないのである。

 これから高齢者がますます増え、それに従って障害を持つ人も多くなるだろうに、この灼熱の太陽の照りつける下を15分も歩かせるというのは、何という残酷なことだろう、と思って事情を聴いてみると、私たちのような障害者・高齢者を含むグループの場合は、目的地1個所毎に市役所に乗り入れの許可をもらわなければならないのだという。イタリアは都市国家の形態を持つという歴史的意味が、こんなところでちらと実感できる瞬間である。

 しかし不便を体験すると人間はしばしば哲学的になる。最近のテロ対策の1つだろう。昔は73人分の荷物も航空会社は一括して預かってくれたのに今は1人ずつチェックインしろという。シチリアのパレルモからローマへ行く時のことである。

 職員のお嬢さんは極めて非能率的だった。「ちんたらちんたらしているなあ」。同行の哲学の教授がおっしゃった。「しかしちんたらちんたらやっていても、同じようにどうにか飛行機には間に合うんだなあ」

 そこに凡俗の納得もあるのかもしれない。
 



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