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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 味付け?趣味を押し付けないで  
コラム名: 透明な歳月の光 69  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/08/01  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   アメリカから帰って来た友だちが突然電話をかけて来たので、ご飯の約束をして「何がいい?」と聞くと「何でもいいけど、おカイセキ風のものでなければ」と言う。きっと料亭のごちそう攻めになったのだ、と思いながら電話を切った後で、会席料理と懐石料理と音が同じでよくわからなかった、と思った。

 どちらのカイセキにしても、取り合わせの妙をうたいながら、実は食べる人の本当に食べたいものに的を絞って出さないから嫌われたのだろう。

 最近私が困るのは、関西風の味付けが高級ということになったことである。栄養学的に薄味がいいということになったせいもあって、「味が濃くてねぇ」というのは、もはや悪口になった。

 しかし関東には立派に関東風の味付けがあった。私の友だちは私の煮魚が好きでよく食べに来てくれるが、私が関東風の味を頑固に守って、関西風に迎合しないからである。

 関東風は一般に甘辛い。カボチャでも、サトイモでも、白っぽく煮ない。砂糖と醤油をぶちこんで、濃く味付けする。つまり田舎料理だ。貧乏な家庭ではこのカボチャ一切れで一膳のご飯が食べられるようになっている。貧乏くさいがこれも文化なのである。

 サトイモは茹でた水を捨てて、そこに砂糖と醤油をからめるように煮る。中は白く、外側が甘辛い味になる。その釣り合いが何ともいえない。

 昨今料理を習った人はすべて関西風の味付けを覚えて来る。私はどちらも好きで、どちらも料理できるのが最上だと思うのだが、あんまり関西風が続くと、関東風に煮返して食べる。卵焼きは出汁巻きしか食べられないと言う人に会うと、あなたが好きなのは勝手ですけど、私に趣味を押しつけないでください、と言いたくなる。関東の卵焼きは黄金色に照りがよくて、充分ご飯のおかずになる。

 すきやきの味が、これは辛過ぎる、甘過ぎる、というのも、関西人と東北人に多い。どちらも味はかなり違う。好きな味があるのは当然のことだが、これだけが正当すきやきだと言うのはよしてくれないかなあ、と思うことがある。

 しかも優越感を持って関西にこそ料理の本質がある、と言われると、ブッシュに「民主主義と自由こそがすばらしいのだ。他の政治形態は遅れている」と言われたイラクの田舎の人みたいな気分になる。イラクには解放を心の一部では望みつつも、やはり昔ながらの族長支配による優しい村の暮らしの中に安心感を見つけている人も多いはずだ。「売っているおかずに飽きるのは、関西風の味付けが多いからですよ」という人がいるから「じゃあ私が『関東風』というおかず屋をそのうちに開きます」と笑っているが、それは少数派を五分五分に近づけたいということだけのことだ。
 



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