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この数年、海賊事件発生件数が数倍にも増えているという。しかも世界中の海賊被害の60%以上がアジアの海上からの報告であり、特にインドネシア、シンガポール、マラッカ海峡での発生率が高い。この地域はコンテナ輸送のみならず、石油・鉄鉱石などエネルギー・原材料輸送としても重要な航路であり、日本にとっても生命線ともいえる輸送路である。そのアジア経済の発展を脅かす海賊の現状と日本への影響を日本財団海洋船舶部部長・山田吉彦氏に聞いた。
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海賊??ほとんどの日本人にとっては実感のない存在だろう。だが、世界では1995年以来、海賊による被害は増加している。94年には世界全体で90件だったものが、95年には一挙に188件と倍増。96年からは毎年200件以上の海賊被害が報告されるようになった。そして2000年には被害がピークに達し、469件。2001年には335件と減少したものの、2002年には370件と再び増加した。
これら海賊事件の60%以上がアジアの海域で発生していることを鑑みれば、たとえ、日本の船に被害がなくとも、日本への影響も甚大であると考えるべきである。とりわけ、現在のようなボーダレス経済の状況では直接・間接的な被害を受ける。したがって、日本はもっと積極的に海賊対策に取り組む必要があると思われる。
≪ 資金稼ぎの反体制過激派グループが台頭 ≫
最近の海賊は国際情勢の変化にともなって犯罪の質や傾向も変化してきている。かつて、海賊被害といえば、98年の日本人船主の『テンユウ』事件、さらに99年の日本人船長らが乗り込んだ『アランドラ・レインボー号』事件に象徴されるように、船ごと盗み、荷物はもちろん、船も船名を塗り替えて売り払われるというケースが多かった。『テンユウ』『アランドラ・レインボー号』両船とも積み荷はアルミインゴット(アルミニウム)だった。当時『テンユウ』に積まれていたアルミの被害額が約5億円、『レインボー号』も約13億円にのぼるといわれた。その後、『レインボー号』はインド洋沖で15人の海賊ともども発見されたが、このときの海賊は実行犯とは別人だった。
この犯人逮捕で判明したことは、当時、大掛かりな海賊犯罪のシンジケートが存在するということだった。大量のアルミインゴットを瞬時にさばき、船名も書き換えることは組織的な犯罪集団がなければ、ほぼ不可能だからだ。対して最近の海賊犯罪の傾向は、小型の船や漁船を襲って人質をとり少額の金品を要求するパターンだ。犯罪の背後にシンジケートはみられない。
シンジケートが影を潜めた理由はいくつか考えられる。まず、前述の『レインボー号』の犯人らが実刑になったこと。直接の実行犯でなくても、犯罪に関わる行為で摘発された場合は実刑になるということは海賊らに大きなショックを与えたようだ。
次に、最近のハイテク機器の著しい向上だ。衛星を使えば、すぐに海賊を追跡できるようになった。つまり、大掛かりな海賊行為は摘発されるリスクが増した。元手がかかるわりには実入りが少ないということを海賊達が認識したということだろう。
また、シージャックに対しては2001年9月11日の米同時多発テロ以来、アメリカが海上テロに対しても厳しくなり、犯人検挙には徹底した追跡をするという厳しい姿勢を見せていることも理由のひとつだろう。
大掛かりな犯罪集団に替わって出現してきたのが少額の金品を要求する海賊グループというわけだ。
これらの海賊は、貧困層グループと反体制組織と結びついたグループとの2つに分けられる。バングラデシュ、インド周辺では昨年60件の海賊被害が報告されているが、この地域は政治的なグループではなく、貧困で自分たちの糊口を凌ぐための犯罪といっていいだろう。
一方、日本にとって重要なシーレーンであるマラッカ海峡には、政情不安定な状況が続いているインドネシアのアチェ州がインド洋の玄関口のように存在している。ここはインドネシアからの独立を主張する武装組織「自由アチェ運動」の拠点である。彼らは自分たちの活動資金として、マラッカ海峡を航行する船舶から金品を奪う。しかし、彼らはその行為を海賊行為だとは思っていない。通行税を徴収しているのだという。
その他、フィリピン周辺ではモロ民族解放戦線(モロと呼ばれるフィリピンのイスラム教徒。1966年から独立運動を展開)の流れをくむ反政府ゲリラが海賊活動しているとの報告がある。
彼らが奪う金額は日本円にして30万円から100万円程度だ。30万円といってもインドネシアでは、宣僚の2年間の給与にあたる。彼らは少額の金品を奪うと同時に、小型タンカーを狙って原油も抜き取る。アルミインゴットのような荷物には刻印が押されてあるため追跡されやすい。が、原油には刻印がないため、売り払ったとしてもどこからの原油なのかわからないからだ。
また、彼らはナイフ、銃といった武器はもちろんのこと最近ではロケットランチャーまで所持し、その武器は益々先鋭化している。一部では潜水艦まで調達して略奪を繰り返すグループも出没している。このため殺害や傷害例も後を絶たない。昨年1年間のアジアでの負傷者は28名、7名が殺害された。一方、今年1月から3月までの3か月間ですでに負傷者26名、死者4名となっている。
しかし、実際の被害は報告される数の10倍と考えていいだろう。奪われる金額が比較的少ないため、海賊のいいなりに金品を差し出す。だが被害届は出さない。なぜなら、たとえば、マラッカ海峡で海賊に襲撃されたとき、それを海域のインドネシア政府に届けた場合「反政府組織に資金を提供した」と逆にインドネシア政府に睨まれるからだ。すると、その誤解を解くために膨大なエネルギーと時間を要することになる。それを避けるためにも、多少のお金を奪われたぐらいなら届けない方が無難、とインドネシア政府はもちろん船が属する国にも届けない船会社が多いという。
≪ コントロールステーション・シンガポールの重要性 ≫
ここで重要なことは、海賊被害の増加は日本にとっても大きな損失になるということだ。その意味では、シンガポールの重要性を再認識すべきであろう。周知のように、シンガポールはこの地域では抜群の経済力を持つ。そして、今、アジア地域全体の海洋のコントロールステーションになっているのだ。
現在、アジアのほとんどの船舶会社はオフィスをシンガポールに移し、船舶および乗組員の手配を行なう。ここで安い船舶、労働力を調達するのだ。シンガポールからアジアの各国へ、またアジア各国からシンガポールを経て中東およびヨーロッパヘつなぐ。当然、コンテナ基地ともなる。日本と中東を往復するタンカーの9割、その他の船舶の8割はシンガポールとマラッカ海峡を航行する。日本にとって、シンガポール、マラッカ海峡は国外の重要ライフラインといっても決して過言ではない。
インドネシア、マレーシアにはイスラム過激派グループが存在する。シンガポールがこれら隣国よりも強い経済力をもつこと、アジアのコントロールステーションであること、さらには世界一の石油精製基地をもっていることを考えれば、テロ攻撃の可能性は当然考慮すべきことである。シンガポールおよびマラッカ海峡が混乱することは、すなわち日本経済への打撃が計り知れないことなのである。
ボーダレス経済化がますます進行していく中で日本が生きていくには、もはや日本の海を守るだけでは生きていけないことは自明の理だ。やはりアジア全体が一緒になり、かつ日本がイニシアチブを取って海賊や海上テロなどと敢然と戦うルールづくりと対策を取ることが要求されている。
日本政府もアジア諸国の連携の大切さに徐々に理解を示しつつある。海が日本のライフラインとしていかに大切かという意識をより強く再認識して今後の海賊対策、マラッカ海峡の安全航行に努力しなければならないだろう。
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