共通ヘッダを読みとばす

日本財団 図書館

日本財団

Topアーカイブざいだん模様著者別記事数 > ざいだん模様情報
著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 工作船公開?為政者の残酷さを象徴  
コラム名: 透明な歳月の光 60  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/05/30  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   2001年の12月に沈められた北朝鮮の工作船は、鹿児島の第十管区海上保安本部が引き揚げ後の検査を続けた。その仕事が一段落した時、私は船体を見学する機会があった。私が働いている日本財団の任務の半分は、海洋船舶に関する開発や安全などのために働くことだから、私は必要があった時に専門家の報告書や説明を素早く理解できる程度の勉強をしておいた方がいいと判断していた。

 この時取材した貴重な証言は『沈船検死』という私の本の中に入れたが、この工作船を一般公開する日のために日本財団が働けたのも幸いだった。工作船は鹿児島から東京のお台場まで運ばれ、明日、5月31日から4カ月間、一般に公開される。その費用約8000万円は、競艇ファンが買ってくれた舟券の3.3%のお金が日本財団を通じて出されたわけだから、競艇に行く人たちは期せずして日本の安全や北朝鮮問題など、社会の理解を深める大切な問題に寄与してくれたことになる。

 私は小説家だから、徹底した現実主義者である。北朝鮮が送った工作船とはどのようなものか、とにかく現物を日本人に見てもらうことが大切で、判断はその後でめいめいがすればいいと考えていた。

 鹿児島で工作船は簡単な囲いがあるだけの船台に置かれていたのだが、当時は私が一瞬たじろぐほどの臭気に包まれていた。中に残されていた遺体の死臭だと言った人は誰もない。「どの沈船も臭いはあるものです」という説明は受けた。

 海上保安庁がその薄っぺらい鉄の工作船に、最初の停船命令を出したのは午後1時12分。巡視船「いなさ」が船体射撃を警告の上、実際に20ミリ機関砲を発射したのは午後4時13分である。その間に約3時間が経つ。警告は、後部を攻撃するからそこから立ち退くようにという内容を、数カ国語で呼びかけた。その日波高は5メートルもあったという。精度のいい砲と船にしか、人への危害を避けて相手の特定の部分だけを潰すことなどできない。

 東京でこの工作船を見る人たちは、その時、工作船の乗組員たちが浸水を防ごうとして、自分の衣服で穴を詰めた生々しい状況を見ると思う。沈没したのは12月22日。九州南西海域もどんなに寒かったろう。こんなボロ船に若者たちを乗せて送り出した北朝鮮という国は、何という残酷な為政者を持つのだろう、と私は思った。

 この時、巡視船は撃たれて、3人が負傷した。同僚が傷ついたのだから、海上保安官たちは北朝鮮を許し難いと思って当然だが、私は北の優秀な若者たちを、こんな暗い戦闘で死なせるためではなく、学校で学ばせるために日本財団が奨学資金を出せる日が来ることを、心のどこかで期待しているのである。
 

【工作船】を積んだ貨物船が船の科学館に向け出航  
【工作船】船の科学館に到着!展示準備すすむ(続報)  
「船の科学館」のホームページへ  


日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION
Copyright(C)The Nippon Foundation