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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 人道的援助?善意と受け取られるとは限らぬ  
コラム名: 透明な歳月の光 57  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/05/09  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   靖国問題にせよ、毎日新聞のカメラマンが起した爆発事件にせよ、それを非難している相手に対して謝る、という行為は日本人が思うほど簡単なことではない。

 純朴というか幼いというか、日本人は、謝れば多くの場合許してもらえると考える。慰謝料や弔慰金は一応払うのが常識だが、謝るというのは心の問題だから、誠意を込めて謝れば「悔恨の情」を認められて、金銭の補償はなしに許してもらえたケースも過去の日本には多かったのである。

 しかしたくさんの国や文化圏で、謝るということはつまり金を出す、ということだから、お金がない場合は、悪いと思っても決して謝らない。国家でも個人でも、謝ったが最後、国民も個人も金を出さねばならない、ということである。それができないから、謝れないのだ。日本人の中には、謝罪は言葉だけで済む、と思っている人が今でも多いから、平気で謝罪外交を口にする。

 昔パレスチナ人の難民キャンプに行った時、闘争的な女性教師がさんざんアメリカの悪口を言った。パレスチナ援助のトップはアメリカだったから、私は彼女に「どうして金をもらいながらそんなに悪口を言うのか。悪口を言うような相手からは、金などもらわなければいい」と言った。すると彼女は烈火の如く怒り、

 「アメリカは自分が悪いことをした、と思っているから、金を出すのだ。もっと取ってやればいいのだ」

 と言い、それから急にアラブ語で、

 「こんなことを言う奴(私のこと)は誘拐したらいい」

 と言ったのである。私は国連難民救済機関からの正式の招聘を受けて調査に入ったのだが、ガザやエルサレムの難民キャンプにも入るので、用心と取材の能率を上げるために、アラブ語の分かる女性を臨時秘書として、自費で同行していたから彼女の言葉がわかったのである。

 日本人は戦後の混乱の中にある国に金を出すのは、人道だと考える。しかしこの地球上には、金を出すことは「身に覚えがあるから」であって、それなら取れるだけ取って当たり前だ、という考え方が極めて多いことも事実である。

 今回のイラクの戦後の復興のための支出は、諸外国が人道のために出しているとイラクに住む人たちは多分思わないだろう。重傷を負った子供に特別な治療を施したり、学校を再建したりすることは人道と見てくれるかもしれないが、アメリカは何をしようが「犯した罪の償い」「石油の利権狙い」と思われるだけだ。

 アメリカはそれを計算してやったのか、それとも「民主的な解放」や「人道的復興」などいずれも見当違いな善意が相手に比較的簡単に受け入れられると思ったのか、私には首をひねることばかりだが、結果を見守るのも勉強の1つではある。
 



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