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サダム・フセインの側近中の側近と言われるアリ・ハッサン・マジド元国防相は、クルド人たちを化学兵器で虐殺した責任者だというので「ケミカル・アリ(化学兵器のアリ)」と呼ばれていたが、最近遺体で見つかったという。
日本の報道は時々、一番おもしろい点を欠落させる。
第1の点は、この人もまたサダム・フセインの父方のいとこの1人だということだ。そもそも彼らは、遊牧民の文化に属し、同宗教・同部族しか信用しない。だから生まれた時から父系の「いとこ婚約」か、それに類似した血縁を作る。それでもアラブの婦人たちは、遺伝的な障害のある胎児は流産する傾向にあるという自然の成りゆきにさからわないから、健康な子供だけが生まれる率は高いという。
そのようにして結婚した女性たちは「ナツメヤシ」のようにたくさん子供を作ることを社会から高く評価される。同部族の数が増えれば、安全と繁栄に繋がるからである。
第2の点は、「ケミカル・アリ」の権勢の実態についてである。「ケミカル・アリ」はバスラの近くにムーア風の屋敷を構えていた。ムーアは、アフリカ北西部のベルベル人とアラブ人の混血のイスラム教徒のことである。中世の城砦のような豪邸の屋上からは、数キロ先までの砂漠の景色が眺められたという。
この豪邸には、深いプールがあった。バスラ近辺は深刻な水不足で、貧しい農民の子供たちは、道端で「水乞い」をしていると英字新聞は報じている。そんな土地で、家族は専用プールを持つ贅沢をしていたのだ。
アメリカもイギリスも、サダム・フセインは国連議決1441を守らない、と非難した。しかしサダムの世界はもともと見知らぬ他人との契約を守ることを特に美徳とはしない社会だろう。何しろいとこ社会・同部族社会なのだから、よそ者に対するように契約なんかしなくても、部族の掟と人情で縛れば裏切られることもない。反面、外部の人に対しては、相手の顔色を見ながらものを言うのが当然だ。商品の値段にも定価はない。相手との交渉で決まる。
キリスト教社会では、相手が裏切ることを前提に契約で縛る。信仰上の生活でも、厳しい場合は、誰一人として他者が見ていなくても、神との契約を守ることに生涯を賭ける。しかしサダムの世界は根本から違うのだ。
政権交代後に、出てくるのは、サダム・フセインの対抗勢力だろう。しかしそれでイラクに住む人々の解放が現実化し、民主主義が植えつけられるなどと思うのは、大甘だ。戦後に出て来る対抗勢力の親分たちは、再びサダムと同じ感覚と論理で、復興の資金を自分の勢力下にできるだけ取り込もうとして争うだけだ。その図式は見えている。
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