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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: アラブの格言?部族社会の心理読み解く  
コラム名: 透明な歳月の光 50  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/03/21  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   最近、私は俗に言う「缶づめ」になって、編集者と1冊の本の完成を急いでいた。題はまだ決まっていないのだが、私が長年にわたってぽつぽつ買って読んでいたアラブの格言集から拾い出したものである。

 イラク攻撃の始まる直前と言われる時期である。当然出版社は本の売れることを願っているだろうが、そればかりではない。アラブの格言の中には、サダム・フセインやイラク人の心理を読み解く手がかりになりそうなものがあまりにも多いので、私が完成を急いだのである。

 「心に迷いを生じてはいけない。宇宙には統率者がいて、世の中が悪くなるように見えても、神という案内者はいる」

 だから負けが決まっているような戦争にも、彼らは一条の光を見ているのだろう。

 強力な支配者は民主的社会の敵として先進国は嫌う。しかし彼らはこうも言うのである。

 「鼠の正義より、猫の暴政の方がましだ」

 「復讐はありきたり、慈悲は希有(けう)なもの」

 「世界は戦争で始まり、戦争で終わる」

 さし当たって戦いの当事者でない私たちには次のような皮肉な言葉も用意されている。

 「(戦いの)遠い太鼓は甘い音楽」

 「傍観者として戦争を見るのはおもしろい」

 「証拠を持たない男は嘘つきだ」

 「物事の本当の欠陥は事が終わってからあらわになる」

 「性急は悪魔から来る」

 「悪の根源は慈悲」

 「重要人物になるには、死ぬか、長い旅に出ることだ」

 「名誉のために戦うのだが、たいてい不名誉が勝つ」

 「有名になりたかったら残虐を行え」

 これらの中にはまともに取るよりも、被害を受けた者の側からの皮肉もあるだろうと思われる。

 「悪くない者を白状するまでぶて」

 世界はどちらにつくか。答えは既に出ている。

 「正しくても間違えていてもどちらでもいい。おまえの兄弟を支持しろ」

 それが部族社会というものだ。そしてアラブは部族の結びつきを中心にした社会構成を取っている。

 「犬は吠えさせろ。そうすればついて来る」

 「海の向こうから、いいものが来たことはない」

 「もし人類が裁くのを急がなければ、全人類は天国に行く」

 「戦わない奴が、戦争を奨励する」

 ことにイラクの格言は鋭い。

 「象が死ぬと骨は土産物(みやげもの)になる」

 「死はすべての欠点を隠す」

 これらの言葉を読んでいると常に私をも含めて誰かの顔が浮かぶ。それが誰のことなのか、間もなく私たちは答えをつきつけられるのだろう。
 



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