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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 体外受精の悲劇?複雑な問題抱える「生殖産業」  
コラム名: 透明な歳月の光 48  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/03/07  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   日本語ではあまり適当な言葉がないのだが、いわゆる「生殖産業」によって不妊に悩む夫婦が子供を持とうとする動きは、先進国の間で活発らしい。しかし、それには気が遠くなるほどの長い複雑な問題が発生する恐れもある。

 イギリスでは白人のA夫妻に黒い肌の双子の赤ちゃんが生まれた。黒人男性のB氏の精子が、白人のA夫妻の体外受精の際に誤って使われたのである。

 このA夫妻は、肌の色は違っても子供たちを手元に置くことを望んだ。何かほっとするような話である。

 話題の子供たちは性別も年齢もわからないのだが、高裁もB氏が双子の父であることは認めている。そしてB氏は自分と同じ外見を持つ子供たちが、白人の親たちの子供として育てられることについて不安を感じていた。

 当然でもあろう。いくら白い親たちが、黒い双子は自分たちの子供ですと言っても、世間は何かと取り沙汰するに決まっている。こういう場合、イギリスではA夫妻が法律上の父母になるためには、子供を改めて養子にしなければならないのだという。そうすればこの子供たちは、安全に今まで通り愛されて、安定した環境で育つことができる。

 A夫妻とB夫妻は、共にリーズ総合病院で治療を受けていた。そして体外受精の段階で、精子の取り扱いに間違いが生じたのである。イギリスでは体外受精の場合、生まれる子供の法律上の父は、生物学的母親の夫でなければならない。つまり配偶者間の体外受精しか認められないのである。唯一の例外は、夫自身が、非配偶者間の人工受精を認めた場合だけだという。

 しかしA氏の場合、彼は自分の精子による人工受精を認めていただけだから、黒い肌の子供に対する権利はない、という見方もあるようだ。しかし夫妻は子供たちを守るために、改めて2人を養子にするという手順を踏むつもりらしい。確かにそうすれば、事情は外側からも極めて自然になる。白人の夫婦が、黒い双子を養子にして慈しんでいるだけだ。しかし生物学上の父とされた黒人の家庭は納得していないようである。

 こうした体外受精の悲劇は1999年のニューヨークでも起きた。白人の夫婦の間に黒人の子供が生まれたのである。卵子の取り違えが原因であった。子供は生物学上の両親の元に返すことを命じられた。

 1997年にオランダでは1人の婦人が双子の赤ちゃんを出産した。1人は夫の子で、1人は違った。しかし双子はいっしょに育てられることを許された。

 そのいずれにも、本能と理性と、双方の力に支えられた愛のぬくもりが感じられる。しかし「生殖産業」なるものは決して軽々におし進められるべきものではない。
 



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