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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 千羽鶴?真心は空間を占拠しない手段で  
コラム名: 透明な歳月の光 35   
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2002/11/29  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   広島や長崎で原爆の死者にたむけられる千羽鶴は、同時に平和を願って折られるものだというが、たくさんの量になると後の保管が大変だという。私は一年毎に供養の気持と共に焼かれていたものと思っていたが、そうではなかったらしい。心のこもったものだから、何とか有効な使い道はないか、皆さんのお知恵を拝借中だという。

 このことを伝えたテレビの画面に登場した1人の婦人は、心のこもったものだからずっとおいておいてほしい、というようなことを言った。私の考えは、こういう人たちに少しずつ保管を受け持ってもらうことだと思う。

 場所を取るものを、相手の都合も聞かずに、送りつけるのは心ない行為なのである。どんなに真心があっても、真心で空間を確保することはできない。真心はだから、空間を占拠しない手段で表すべきだ、と思う。

 いつか友人が私に、「あなたの本、もう送らないで」と言った。その人の書斎は2階にあるのだが、あまり本を置きすぎて、真下の押し入れの戸が動かなくなったというのである。本に関して私は時々、「本は私なりに一生懸命書いたものの結果ですから」と言うこともあるが、考えてみると、つまりそれ以前に本も物質なのである。

 最近家の中の掃除をしない人が多くなった、と言う。母の時代は毎日掃いて拭いていたが、今は私も「ゴミが目立つようになったら」とさぼる口実を見つけている。掃除がめんどうになるのは、性格の悪さや年取って来たことの証拠でもあるけれど、世間には掃除などできないほど室内が物で溢れ、しかも少しも捨てない人が多くなって来た。

 私の家の空間は、一応私のものだから、どう使おうが私の勝手だとも言えるけれど、原爆記念碑の管理棟は公的な財産である。古い千羽鶴の堆積で占められていいことはない。

 総理にハガキや手紙を出す人は今もいるだろう。それを分析、処理、保管するには人手とスペースが要る。それをまかなうのは、国民の税金である。そのことを考えない人が同じ文面のハガキを何百枚も送りつける運動をする。

 それに折り鶴をいくら折っても、平和は達成できない。そんなむだなことに時間とお金を使うくらいなら、平和を考える本を読むか、平和のために金を出すか、平和の助けのために自分にできる労働を提供するか、家内の平和のために年寄りに優しくしたり子供と遊ぶかする方がずっと大切である。折鶴を折ることが平和に寄与すると思うのは幻想であり、自己満足である。このどちらも、人間にとって多くの場合有害である。

 しかし折鶴は、かわいい庶民の芸術であることはまちがいない。私も旅先でタバコのみから銀紙をもらい、1センチ四方くらいの折り紙を作り、爪楊枝を使って小さな小さな鶴を折ってみせることはある。外国人は一瞬びっくりしてくれる。それだけでいい。
 



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