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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: アラブとアメリカ?ルールが違うゲームの闘い  
コラム名: 透明な歳月の光 29  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2002/10/18  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   シリアのダマスカスから北上し、トルコとの国境の町カミシュリまで行く途中、時々、アメリカを全く反対側から見ている世界に来たのだ、ということを感じさせられた。

 私たちは、政治的立場を離れて人間的な「興味」と「関心」から、クルド人社会に接触したのだが、クルド人はシリア、トルコ、イラン、イラクなどに国土を持たない少数民族として展開し、サダム・フセインの科学兵器によって同胞を大量に失った人たちである。サダムは当然憎しみの対象だが、それ以上にアメリカを嫌っていることがよくわかる。

 アラブは「親愛なる従兄弟関係」が口をきく社会である。基本的には生まれた時から、いとこ(従兄、従妹)と将来結婚することを一族が期待するという習慣が彼らの生活感覚を示している。つまり他部族を信用せず、血縁、同部族、同宗教だけで社会を構成する。どんなに憎くとも、ブッシュよりサダムの方が近いと感じるのだろう。

 土産物屋の主人は、10月10日の段階で、アメリカの侵攻は1カ月以内だろうと言った。アメリカは、日本のヒロシマ、ナガサキにした残虐行為を謝ったことがあるか。アメリカが「真珠湾を忘れるな」と言うなら、日本も「ヒロシマ、ナガサキを忘れない」と言い返せ、となかなか物知りである。別の知識人は攻撃は来年2月まで引き延ばされ、アメリカはそれまでにサダム側に内的変化、崩壊の兆しが見えるようになることを計算しているだろう、と言う。

 素人の感じの範囲だが、アラブ人が結束してアメリカ人を憎んでいる空気がどこでも濃厚である。土産物屋の主人は、ドルより円がいいという。もちろん円の方がドルより経済的に強いとか、信用できるとか言うことではない。ブッシュ憎けりゃドルまで憎い、ということなのだ。本来まとまるはずのないクルド内部でさえ、アメリカの攻撃の前には対立する党派に結束が生まれたというから「敵の敵は味方」というアラブの諺がみごとに生きたのだ。

 アメリカは民主的な発想で世界を割り切ろうとするから大きな間違いを犯す。アラブ社会はほとんど民主主義とは無関係の社会だ。それは部族社会であり、族長支配であり、その中で人々は民主主義社会とは全く質の違う幸福と不幸を味わって暮らしている。ルールが違うゲームで、相手のやり方をなじってみても意味がない。チェスと将棋では、根本的に駒の扱い方の思想が違うのである。

 アメリカが正義のための戦いだと言うものは、実は地下資源の利権確保のためだ、と言い切る人はいくらでもいる。アメリカは今、もっとも下手くそな戦術の蟻地獄に落ち込んでしまった。疲れているのか、ダマスカスで見たテレビのブッシュは、干からびた猿のようであった。
 



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