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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 海外援助?騙されても与え続ける  
コラム名: 透明な歳月の光 23  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2002/09/06  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   私は人間が小さいから、人に騙されてはいけない、ということに心を使ってきた。

 人さまのお金を預かって、それを海外で働く日本人のシスターたちの事業に廻す中継の仕事をするようになったのは、援助のお金が多くの場合、相手国の政治家や有力者の懐に流れ込むことを防ぐ目的もあった。

 私は必ず、

 「シスター、建築材料を買う時は、シスターが土地の業者に直接払って下さい。教区の大司教さまなどにお金を預けたりしないで、シスターがご自身で管理なさって下さい」

 などと言い、煉瓦が現地価格で1個10円の土地で、外国人であるシスターが少し騙されて、11円、或いは12円で買うことはいいのだけれど、15円も払うような騙され方はしないで下さい、とくどくどとつけ加えたりした。

 騙されるな、と言っておきながら、10円の煉瓦に11円、12円払っても仕方がないとするのは、1つには安全のため、もう1つは貧しい人々が少しは潤うためである。あまりアコギなことを言ってシスターが命を狙われるようなことがあっても困る。少しだけ騙されて安全を買うのだ。

 それと私はまだ幼稚園くらいの時に、年上の従兄から「都々逸(どどいつ)」なるものの一部に「騙される気で騙されて」という文句があるのを教えられた。それ以来、ほんとうに騙されるのはいけないけれど、騙されていると知りつつ騙される人になりたい、という美学が定着したのである。

 その国の名誉のために、国名は明らかにしないが、1人の日本人のシスターがこの間任地から一時帰国して来て、いい話をしてくれた。

 そのアフリカの途上国には、イタリアの宣教師たちが入っていて、内乱でずたずたになった人々の心と生活を支えている。神父の出身地のイタリアの町のスーパーなどには、「同郷の神父の働きを助けてください」という主旨を書いた篭が置かれていて、買物に来た人がスパゲッティとか砂糖とかを1袋ずつ入れて行くようなシステムになっている。

 こうして集められた物資はコンテナーで神父の働くアフリカの奥地に届けられ倉庫に保管されると、その鍵は土地の青年たちに預けられるのであった。

 「それでは盗まれるでしょうね」

 と私が言うと、シスターは答えた。

 「盗まれても盗まれても責任を取らせて、教育をし続けようと思っていらっしゃるんでしょう」

 もしかすると、夜のランプの灯の下で、神父は、いつになったら自分の理想が定着するかと、暗澹たる思いになる時もあるだろう。しかしただ騙されないだけでなく、騙されても騙されても、与え続ける教育もあることを、私は改めて思い知ったのである。
 



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