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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 二人の少女?差別に満ちた現実の世界  
コラム名: 透明な歳月の光 14  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2002/07/05  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   まだ孫が小学校へ行く前の幼児だった頃、私たちは息子夫婦と共に東南アジアの某国を旅し、その国にある遺跡の1つに行った。

 それは1つの古い墓で、土まんじゅう式の墓のぐるりを幅1メートルほどの道が巡らされている。両側は一種の壁になっていて、こちら側からその道に入れば1分もせずに反対側の口から確実に孫は出て来る筈であった。

 彼はそうした小さな冒険を1人でしたがったが、私は何か理由のない不安を覚えてついて行った。後でこの国をよく知っている知人にこの話をすると、私の動物的不安は当然だという。僅かな隙を狙って、ことに男の子を誘拐し、売り飛ばす人たちがいるからで、こうした売買目的の子供の誘拐はアジアの各地で今も発生している。

 何歳になっても子供が消えることの悲しみは親にとって耐え難いのは、北朝鮮に連行されて消息のわからない娘や息子を持つ日本人の家庭を見れば明らかなことだが、6月26日付けのシンガポールの新聞によると、アメリカでは毎月7万人の子供たちの行方がわからなくなっているという。もちろん中には男友だちと遊び歩いて後で帰って来るか、どこかでおもしろい生活を始めているのもいるのだろうが、それにしてもすさまじい数である。

 しかし新聞の論調の主な点はエリザベス・スマートという14歳のブロンドの美少女の扱われ方に関してである。

 彼女は両親の住む2億5000万円の豪邸の寝室から夜間連れ去られた。一方、アレキシス・パターソンという7歳の黒人の少女も登校の途中にいなくなった。しかしこの2つのケースはメディアの扱いに大きな差を見せた。エリザベスの場合は、フォックス・ニュース・ウェブサイトによれば、その失踪は70日も報じられた。金婚式を迎えたエリザベス女王が74日だったのと比べても大変な数である。両親は娘の写っているビデオをたくさん提供できたのでテレビ局がとびついたということもある。しかしアレキシスの質素な家庭は、彼女の登場するホーム・ビデオなど撮っていなかった。

 人種的差別によって、白い肌で金髪の美少女には関心が注がれる、と思う人もいる。

 いや人種の問題ではない。金持ちの家の内部というものは誰にとっても卑しい興味を含めた覗き見の対象となるのだ、という考え方もある。覗き見どころか、金持ち、権力者などが、富を失ったり、権力の座から落ちるのを見たいという、あまりにも貧しく凡庸な悪意があることも見逃してはなるまい。

 この世が平等であることを希求しながら、実際には差別が満ち満ちている現実を、私たちは子供たちに教えねばならない。しかしだからこそ差別を超える人間性の回復も目標として残されているのである。
 



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