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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 養育権?日本の知的な親たちよりは  
コラム名: 自分の顔相手の顔 498  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2002/01/22  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   もう旧聞に属する話だが、およそ日本では考えられないアメリカで起きた事件の話を読んだ。

 38歳のブライアン・ジョーンズ氏は、ここ2年の間に90キロ体重が増えて225キロまで太ってしまった。

 彼は下が9歳、一番上が16歳という3人の兄弟をこれで6年も育てていて、ゆくゆくは正式に養子にしたいと考えていた。しかし家庭裁判所は、彼が3人の兄弟の親になるには、あまりにも太り過ぎたとして、彼から兄弟の養育権を取り上げてしまったのである。

 現実問題としてジョーンズ氏はめったに外出できなくなっていた。自分では歩けない。タクシーも、車椅子サービスの組織も、重すぎてジョーンズ氏を運びきれない。家裁が彼の手元から養育権を取り上げる決定をした日にも、彼は親の勤めは果たせると主張するために、自分で法廷に出ようとして、家具屋の配達用のトラックに乗せてもらいたい、と頼んでいた。しかしそれも断られてしまった。

 家裁が兄弟をジョーンズ氏の手から取り上げたのは、ケースワーカーの報告があったからである。兄弟を育てているとは言っても、彼はベッドの中から子供たちを監督しているだけだ。おまけに一番上の男の子はジョーンズ氏のために料理や買い物などの雑用をさせられている。ジョーンズ氏の家はゴキブリだらけで、最近は養父証明書も紛失してしまっている。子供たちはもっと外で遊ばせて、家事からは解放してやらねばならない。こんなような報告書が出されたからなのである。

 週末、子供たちは家を出て行くために荷物をまとめていた。その間にジョーンズ氏は繰り返し「決してお前たちを捨てないからね」と言って涙を流した。

 ケースワーカーによれば、当の子供たちはジョーンズ氏になついていて、今まで通りいっしょに暮らしたいと言っている。これに対して家裁の判事はジョーンズ氏が子供たちに会う権利は認めた。

 ゴキブリが出ようと家事をさせられようと、子供たちは彼を好きだった。彼が自分たちをかわいがってくれたからだったし、彼の方も現実問題として子供たちの助けがなければ生きていけないだろう。だから子供たちも、彼を支えることに誇りを持っていた。子供を心から可愛がりも叱りもせず、反抗されれば何1つ家事もさせず、従って自信も忍耐力も生活力も子供につけられない日本の知的な親たちよりは、ジョーンズ氏の方がはるかに親らしい親の役目を果たしているように思う。
 



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