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日本財団では、10月27日(土)、日本財団ビル(東京都港区)にて『海、川、水が教えること〜「総合的な学習の時間」への提案」セミナー第3弾を開催した。このセミナーは、2002年4月から小中学校の教育課程に新設される「総合的な学習の時間」で海、川、そして水をテーマに子どもたちが学び、知り、親しむきっかけを創造できるよう、小中学校の教諭、博物館の学芸員に対して提案したものである。
■水をテーマとした学習を
「海、川、水」は私たちにとって身近で、欠くことのできない存在である。しかしながら、高度情報化社会を向かえるにあたり、子どもたちは教育の中で非常に多くの知識を要求され、その結果あたり前の存在として認識されている「海、川、水」に対する教育が省略される傾向にある。また大人の「海、川は危険だ」という言葉が、子どもたちに海、川を危険な地域と印象付けてしまい、ますます子どもたちは海、川から遠退くという悪循環を生んでいる。このような状況のもと、「総合的な学習の時間」が導入され、日本財団では子どもたちが学校で海、川、水について学ぶまたとない機会ではないかと考えている。そこで、当財団ではこれまでに支援してきた子ども向けの海、船に親しむための学習活動の成果を小中学校の教諭、博物館の学芸員に対して積極的に提供する場を企画した。
このセミナーはこれまでに2回開催しており、「海、川、水」が私たちにとって身近な存在であること、また簡単なアイディアでそれらを子どもたちが容易に理解できることについて提案してきた。セミナー第1弾では沿岸域の環境と人々の営みとの関係について三番瀬の干潟を例に討論会を開催した。セミナー第2蝉では科学で明らかになった植物の誕生を歴史的側面から解説し、また台風の渦と流れなど自然の原理をユニークな模型を使い実験を通して理解させる手法を提案した。
■小中学校と博物館の連携の可能性をテーマに
参加者の中には、「総合的な学習の時間で身近な環境をテーマに取り組みたいが、どのように取り組んだら良いのか」との困惑の声をもらす教諭がいる。担当科目が国語、算数などで専門性に欠けること、また身近に海、川がないことが主な理由である。
一方、日本財団では、全国の博物館に対して和船の保存に関する調査を実施しており、それら博物館には和船をはじめ、海事に関する貴重な資料が多く残されていることを把握している。博物館は、この海、船をはじめ、川、水について学芸員の持つ専門的な知識と海、川、水に関する貴重な資料を「総合的な学習の時間」に提供できる環境にある。セミナー第3弾では、「総合的な学習の時間」を介して、博物館の専門性と貴重な資料を有効に活用するため、小中学校と博物館との有機的な連携を考えたミュージアムスクールの可能性について探った。
■子どもたちの目線からはじめる水認識
このセミナーを総合プロデュースする濱田隆士氏(放送大学教授、日本科学協会理事長)は、「科学者は科学で明らかになった事実を一般の人にデセミネーション(わかり易く伝える)する必要がある」と指摘している。
日本財団では、子どもたちが「水の惑星地球」についてわかりやすく理解できるよう科学者が研究・整理した「水惑星プロジェクト研究」(日本科学協会が実施)を支援してきた。この研究は水に関わる16分野のテーマから構成されており、これらの成果を教育の立場にある教諭に対して解説することに本セミナーの特徴がある。今回のセミナーでは、博物館の立場から神奈川県立生命の星・地球博物館研究貝長瀬和雄氏が日本一を誇る富士山の地下水を中心に、地下水の存在が私たちにとって身近であり、重要な資源であることを解説した。また地域社会における水辺の活用をテーマに、地域社会、特に大学、商店街などが子どもたちに果たす役割について研究している横浜市立大学経済研究所教授村橋克彦氏から予どもたちの下校後の活動など水との触れ合いについて解説があった。
これらの研究成果の詳細は、日本科学協会から「海洋科学から見る水惑星の多角的視点にたつ基礎研究」研究報告書・Q&A集として提供されている。
■教諭が主体性ある学習を
荒川知水資料館、船の科学館、東海大学海洋科学博物館では、既に「総合的な学習の時間」に先駆けて小中学校と連携した活動を実施している。これらの博物館は、自らの館の地域性、分野における特異性を生かした工夫ある学習プログラムを提案している。そして、これら学習プログラムは「総合的な学習の時間」のために特別につくられるものではなく、これまで子どもたちに対して取り組んできた学習プログラムの延長上にあるものとそれぞれの発表者は付け加えた。また、最も重要なこととして、博物館が有する情報提供は最大限できるが、子どもたちの要望を十分に反映させた学習プログラムは、教諭が主体性を持ち、博物館と協力しながらつくらなければできるものではない、と強調するコメントもあった。ここに紹介するプログラムは学校側と意見交換をしながら各博物館が実施しているものである。
<荒川知水資料館館長 八木敕氏>
荒川知水資料館は、2市8区を流れる荒川の歴史、環境など自然の素材とテーマが豊富で、動植物観察、水中微生物観察、川の汚れ、荒川の歴史、洪水などについて予どもに人気のある学習を展開している。具体的な例として、荒川河川敷にて採集した野草スタンプ、ザリガニ釣りをして楽しむザリガニ釣り堀など体験型の学習プログラムがある。また「総合的な学習の時間」の取り組みに先駆け、北区の小学校の教諭で構成される研究会を開催し、環境コーディネーターを設置するなど、学校との連絡調整や教諭に対する水質調査を指導している。
<船の科学館 学芸課長 宮田勉氏>
船の科学館は、日本で最大の船に関する博物館であり、実物の船舶「羊蹄丸」「南極観測船・宗谷」を展示している。この館のプログラムの特徴は、体験型と知識型の両面を学ぶプログラム構成にある。例えば、体験型として子どもたちが黒曜石を使って木を削り縄文式の丸木舟を制作・体験乗船した場合、その後、黒曜石の道具としてのルーツ、船の持つ復元力等、知識面での学習も併せて行っている。
<東海大学海洋科学博物館 学芸文化室学芸課 課長補佐 岡有作氏>
東海大学海洋科学博物館は、博物館の外側の環境、内側の展示を活用したプログラム構成である。例えば、照明を消し魚の様子を見学する夜の水族館、魚を飼育する設備の様子を探検する水族館の裏側見学などがある。また博物館周辺の砂浜に打ち上げられる深海魚の胃袋を解剖し、出てきたビニール袋などから環境学習を行うなど、駿河湾の地域特性を十分に活かしたプログラムを提案している。
■それぞれが積極的に働きかける
グループ討議では、教諭、学芸員などがそれぞれの立場から博物館の利用について意見交換が図られた。議論された内容の1つとして、博物館が発信する情報の提供方法に問題があげられた。博物館としては、積極的に情報提供しているが、受け手である小中学校には日々膨大な資料が送られてくることから、大変貴重な資料であっても目にすることなく処分される場合がある。この解決は情報交換における両者の積極性があるかないかで違ってくるが、この情報交換手法は今後の課題である。また、教諭は博物館に専門的な知識を求めたいが、博物館側の問題として学芸員の数は非常に少なく、十分に対応できない事情が隠れている。これに対して、ボランティアの案内人制を取り入れる博物館があり、ボランティアの育成と博物館での利用の仕方が重要になる。その他、地域社会や大学などの人材を求めることで、専門知識の要望先の幅を広げることが可能になるとの新しい知識もそれぞれに提案され、小中学校と博物館との連携へのヒントが得られたものと期待できる。
こうして同じ場で議論すると小中学校と博物館は、お互いに意識はしているが、接点が希薄で、博物館の利用にあたっては、相互の積極性が不足していた点が指摘される。
その他アンケートのコメントとして、小中学校の教諭は、学校では応えられない学習効果を博物館に期待している。また博物館は小中学校と意見交換の場の重要性を求めている。小中学校と博物館の協力はまだ手探りな状況であり、これから「総合的な学習の時間」の導人に向け、相互の連携が本格化すると期待できるコメントが多かった。
■「メダカの学校」の思想がミュージアムスクールの原点
濱田氏は、理科離れについて「子どもたちは科目理科が嫌いであって、標本を集めたり、実験したり、自然に親しむということは、決して嫌いではなく、楽しむ傾向にある」と指摘する。これは各館からの事例にもあったように、ザリガニ釣りを通じて川の生態系を学び、また深海魚から海洋環境を学ぶことからも理解できる。
このような楽しむ学習の場は「総合的な学習の時間」で創造できるのではないかと考えられる。そしてこの学習の場は、必ずしも学校、博物館でなければならないということではない。濱田氏は、子どもたちを中心に、教諭、博物館、そしてボランティアが集まる場がミュージアムスクールであり、これは「メダカの学校」の思想であると説明した。「総合的な学習の時間」から生まれる新しい教育の場。この場の形成に、教諭のリーダーシップが求められ、このセミナーが提案した「総合的な学習の時間」への課題でもある。
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