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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 平和?この世にないすばらしいもの  
コラム名: 自分の顔相手の顔 485  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/11/21  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   ケンカ両成敗というが、イスラエルとパレスチナの争いは、日本語で言うと業のようなものを感じる。昔、突然、両国の間を取り持とうとした日本の政治家がいて、私は「できもしないことを」と思ったが、この両者は、争うことで年月を過ごして来た、という言い方もできる。もっとも、この両者を一番よく理解しているのも、この両者だという言い方をする人は多い。

 できれば穏やかに暮らした方が楽だろうになあ、と思う時もあるが、それは必ずしもそうではないらしい。平和=シャローム、サラームとは「欠けたことのない状態」を示しており、それはこの世にはないものと認識されている。「それほどのすばらしいものをあなたに贈ります」というニュアンスで、イスラム世界でも、ユダヤ人たちのイスラエルでも挨拶の言葉として使われている。

 しかし理想と現実とはかけ離れているものだ。その両者が、近い、か、近くあるべきだ、と信じているのは日本人くらいなもので、それゆえに、有権者もいい年をして「安全に暮らせる生活」を求め、政治家も平気でそれを約束する。総理の演説の下書きを書く方にお願いする。「安心して暮らせる生活」という言葉だけは使わないでほしい。こんな幼稚な表現をまともな意味で使うようでは、小説の新人賞の予選も通過しない。

 エルサレムにはユダヤ人もアラブ人もいるが、経済的にここ数年の緊張で失ったものは実に大きい、とAP電は書いている。

 1年前には6500人いたホテル従業員のうち3900人がレイオフされた。

 エルサレムのホテル産業のうち2億7千万ドル(324億円)がダメージを受けている。エルサレム自体としては14億ドル(1680億円)の損失だという。

 イスラエル全体では、4万人が仕事を失った。これは全労働者の2パーセントに当たる。

 今年になって最初の7カ月で、79万500人が観光客としてイスラエルに入った。しかし去年の同じ時期には、159万人が来ていたのだから半減したことになる。

 工業全体では、抗争の始まった13カ月前からだけで20億ドル(2400億円)を失った。

 そして30のホテルが閉店した。

 私たちが毎年、高齢者や身障者の方たちと共に「聖地巡礼」の旅をする時、エルサレムで泊まることにしていたホテルで、先頃イスラエルの観光大臣が射殺された。

 戦争とデモは、確実に国力をそぐものだ。
 



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