共通ヘッダを読みとばす

日本財団 図書館

日本財団

Topアーカイブざいだん模様著者別記事数 > ざいだん模様情報
著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 保安体制?日本はどうなっているのよ  
コラム名: 自分の顔相手の顔 484  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/11/20  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   外国から来た人が何人か「日本の保安体制はどうなっているのよ」と言う。同時多発テロ以後、飛行機などの警備が厳しくなったと言っても、つまり形ばかりのものが多いのは私も気がついている。

 事件後初めて国内線に乗った時、手荷物検査台の手前でいきなり名前を聞かれた。私が一瞬ひるんだのは、私が本名か曽野綾子というペンネームのどちらで切符を買ってあったか確認していなかったからであった。私は少し言い戸惑ったにもかかわらず、年のせいで少しも疑われずに通してもらえた。

 しかし或る地方空港では手荷物検査台の手前で、テープの録音が「お名前を質問することになっておりますから、よろしくご協力ください」と放送している。このチェックの意味は、自爆テロリストたちが偽名で切符を買っていた場合、とっさに名前を聞かれてうろたえることを狙っているのではないのか。それなら事前に「偽名を告げる練習をしておきなさい」と警告をしてくれる必要はない。

 私が今働いている日本財団はアメリカ大使館の隣だから、警察はあらゆる道で自動車の検問をしている。毎日車のトランクをちょっと開けて見させ「はい、結構でした」となる。私がテロリストなら、こんな警察の検問くらい簡単にごまかせる爆薬の隠し場所を考えられる。

 しかし本当のところは、警察の独特の勘で乗客の顔を見て「嗅ぎ分け」をしているのだろうと思っているが、それなら何もトランクを開けさせることはない、とイタリアに住む友人は言う。イタリアならちらと車内の様子や乗っている人の顔を見て、疑わしいのとそうでないのとをえり分ける。

「それが専門家のやり口でしょう」と彼女は言う。

 日本の警察が、すべての車のトランクを形式的と思われるやり方で開けさせているのは「平等の思想からよ」と私は勝手に讐察の代弁をしておいた。人相で疑わしいとなると、その結果を笑って済ませられる人ばかりでなく、人権問題だと文句を言う人が出るから、一応全部の車のトランクを開けることにしたのだろう、と私は「邪推」している。

 しかし警察の仕事というのは、初期の行動においては平等とは縁がない。むしろ法を犯していない人と犯している人とを、瞬時に区別して扱える能力が警察の本領なのである。だから警察は人の顔を見てものを言い、次の反応を示せる力量がなくてはならない。ただしそこにすべての人間に対する哀しさと優しさが常に残されていれば大上等なのだが。
 



日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION
Copyright(C)The Nippon Foundation