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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: ピアノ?高いものは大切に使い切る  
コラム名: 自分の顔相手の顔 482  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/11/13  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   私が働いている日本財団は、今年社屋を移転した。古いビルを買って中を改装して使っている。バブルの時代には買い控えていたので、かなり安く手に入れることができた。

 今まで補助金の申請に来てくださる方と財団職員は、各課が使っている階の小さな応接テーブルで面会していたが、今度は1階の大広間を使うことにした。うちには企業秘密など何1つないのだから、通りがかりの人からでも中が見える場所で仕事の話をしてほしいと思ったのである。

 しかしこの広間を夜間空けて置くのさえ、私はもったいなくなった。関連財団の「日本音楽財団」は、ヴァイオリンとチェロのストラディヴァリウスを14挺持っていて、国籍を問わず世界の実力ある音楽家たちに貸しているが、その代わりに何回か日本で演奏してくれる契約だという。それなら日本の音楽ファンたちに、ストラディヴァリウスを無料でお聴かせしたい。赤坂の便利な場所だから、会社の帰りや家庭から気楽に来てもらえる。

 しかしピアノがなかった。私はセコハンのピアノでも買ったらどうかなどと無知なことを考えていたのだが、それではいい音楽を聴こうとしている人の耳にはちょっと無理がある。それで財団はスタインウエイのピアノを買うことにした。諸経費としてかかったものを合算すると1400万円ほどになった。

 第1回の演奏会は、10月30日、1709年製「エングレマン」を使っていられるヴァイオリンの渡辺玲子さんと、1930年製チェロ「フォイアマン」を貸与中のスティーブン・イッサーリス氏が、林絵里さんの伴奏で開いて下さった。車椅子の方も子供たちも歓迎であった。約320人ほどの人たちがすばらしい演奏を聴き、みずみずしい心になって帰って行った。その後の話は芸術性をぶち壊すもので、本当は人には聴かせたくないのだが、私は財団の職員に言った。

 「高いものを買って頂いたら、大切に使い切らなければいけません。このスタインウエイをたくさんの方に聴いて頂いて、1人当たりの単価が100円になるようにしてください」つまりのべ10万人の人がこのスタインウエイを聴けば、1人当たりのスタインウエイは140円になるのである。1回300数十人が聴く音楽会を300回開けば、この計算は成り立つことになる。この話を聞いた音楽のわかる友達は「あなたがそんなにガメツイ女だとは思わなかったわね」と感想を漏らした。
 



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