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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 根深い悲劇?援助したくても簡単ではない  
コラム名: 自分の顔相手の顔 479  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/10/31  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   戦争の災害に遭って住処を追われ、難民になった人たちを助けることの難しさを、私たちは今度再び知ることになった。まずUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の建物がタリバンに襲われ、テントや食料その他が奪われた。非戦闘員の難民に渡すべきものが、戦闘員の持久作戦に使われたのである。

 アメリカが投下した食物には、「毒が入っている」とタリバン側が宣伝して食べるのを禁じたというが、「アメリカはビスケットにも豚の脂を入れている」とか「これはハラル(イスラム教の食物に関する捉)に反した不浄な食物だ」と言えば、人々は食べなくなるだけでなく、善意の救援物資が逆に敵意になる。タリバン側はそうして気の毒な人々から奪った食物を、自分たちだけが食べたり、売ったりすることさえできる。

 タリバンが麻薬や中古のエンジンなどの密輸を、つまり商売として始めている、と書いている外国の報道もある。タリバンのすべてが、イスラム原理主義の理想や信仰のためにだけ闘っている、と日本人が思うとしたらそれも甘い話である。

 アメリカ側は、ついに赤十字の建物を爆破した。今のところは誤爆と言っているが実はわざとかもしれない。赤十字なら「葵の印籠」で、それを見せれば誰でもがありがたがって通すだろう、と思うのはやはり我々の無知なのである。

 今や十字はタリバンにとって敵の印である。イスラムは赤新月、つまり赤い三日月しか信じない。だからむしろ赤十字のマークを見れば、そこを襲って物資を奪い、アメリカが赤十字の拠点だけは爆破しないとなれば、そこを安全な戦闘指揮所として使うだろう。赤十字の物資は非戦闘員の子供や女性や老人に渡らないだけでなく、むしろタリバンの戦闘力を養うのに使われることになる。

 アメリカが赤十字の拠点を爆撃したとなると、これでタリバン側は、アメリカは赤十字さえ爆撃する蛮行をする国だ、という宣伝に使える。

 30年間、私はアフリカや南米の貧しい国で働く日本人のシスターや神父の要請を受けて、何台も車輛を送って来た。その度に、その車輛がゲリラに奪われて破壊活動に使われる恐れはないか、私たちは何度も確かめねばならなかった。本当は誰も運命を保証することなどできはしないのだが……援助というものは、したくても簡単にはできないものだ、という厳しい現実こそ、内戦や戦争の根深い悲劇だということを知ったのである。
 



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