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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 民族服?こんなおしつけはいらない  
コラム名: 自分の顔相手の顔 478  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/10/30  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   テレビに真っ赤な中国の絹の上着を着た人が見えた時には、京劇の俳優も、昔と違って何だかいかつくなったものだ、と思った。それが中国で行われたAPEC首脳会議におけるホスト、江沢民国家主席であった。

 この落ち着きの悪い仮装行列のような服装はその後どんどん出演俳優が増えて、出席国何人かの全首相が皆緞子の中国服を着て並んだ時には、ほとんど眼を覆うばかりの醜悪さになった。寸法はちゃんと事前にサイズを聞いて用意されただろう。何しろ昔から三刀の国なのだから、仕立ては名人芸のはずだ。しかし誰も似合っていないのである。

 いつからこんなおろかしい習慣ができたのだろう。日本でAPECを開く時に、お土産として振り袖や法被を贈るのはいいが、決してこんなおしつけはしないようにしてもらいたいと思う。自分が何を着るか、ということは国家の代表としてもかなり大事な心理的要素と関係がある。私は若い時にはサリーなど着たかったのだが、外国を知るにつれ、決して他国の民族服を着ようとは思わなくなった。それはどちらの国にとっても失礼なことなのである。

 インドネシアでこの手の重要な会議が開かれた時、配られるバティックのシャツを着させられるかと思うとたまらない、と、誰かヨーロッパの要人が発言していたことがある。しかしこの人でも、夏の夕方、自分の家のテラスでビールを飲む時なら、おみやげにもらった上等な芸術的バティックを着て、お得意になるかもしれない。

 おしつけはいけない。殊に衣服はいけない。彼らは政治家であって役者ではないのだから、これを着るように、という感じの空気を作るのは失礼である。

 ましてや小泉首相の靖国参拝は「来年はないはず」だなどというのは、ひどい無礼だ。他の国家、一人の内面の心情を自由に選ばせ、その結果の責任を取らせるのが自由主義だ。日本と中国とは違う国家だということを忘れないでほしい。

 私の働いている日本財団は、中国から毎年100人の中堅の優秀な医師を迎えて、1年間の研究のすべての費用をさせてもらっている。もう1200人以上のこうした医師たちを送り出して和やかな同窓会も開かれている。皆優秀で温かい心の伸びやかな人たちばかりだ。

 中国もそろそろ人民が自由に政治家を選ぶ時期に来ているだろう。そうすれば、こんなトンチンカンな国家主席は出ないかもしれない、と言いたいところだが、これもよそのお国の内政に口を差し込むことになるから控えねばならない。
 



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