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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 言葉?眠らせないと判断を失わせる  
コラム名: 自分の顔相手の顔 476  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/10/23  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   時々、奇妙に忘れられない言葉というものがある。

 いつか或る有名な食品会社の製品で食中毒が起きた。たくさんの子供たちも被害を受けたのだし、その原因が、人為的な一種の怠慢だと判明した以上その会社に責任があることはまちがいないが、そういう場合、マスコミはいつも水に落ちた犬を叩くような行動を取る。マスコミのお得意はイジメだから、社長を昼も夜も追い廻したのである。

 ついにその社長は「もう私は3日も寝てないんだ」と叫んだという。それを聞いたマスコミは全員一致で、「大きな事故を起こしておきながら、自分が寝ていないことに不満を言うとは何ごとだ」と非難した。その社長を庇う社は、私の眼についた限りのマスコミには一社もなかった。

 私はこの社長より弱いから一晩でも寝なかったら、もうアタマが使いものにならなくなる。徹夜マージャンさえしたことがない。

 私のように弱い人は少ないのかもしれないが、拷問のように寝させないで、人にまともな反省の気持ちを起こさせ、その日以降どんな安全対策をうち出せるか、責任ある返答をせよ、と言っても無理だろう、と思っている。

 同時多発テロ以来、私はブッシュがどれだけ寝ていたか知りたいと思う。重大な決定をさせようと思えば、適切なシフトを作って、指揮者たちには睡眠を与える制度を作らなければ、知恵は発動しないだろう、と思う。

 私はこのごろ、政治家という人たちに別の尊敬を抱くようになった。前々からあの国会の本会議や予算委員会の席に、ああしてずっと坐っていることのできる神経の粘り強さに対しては畏敬の念を持っていたが、それ以外にも閣僚の忙しさは、常人の耐えられるものではないだろう、と思う。

 それにしても、政治家という人たちは、「小渕元総理を除いては、実にお丈夫ですね。癌にかかる人なんてあまりおられませんね」と言うと「真剣に聞いていないんでしょう」と言う人もいれば、「あの人たち自身が癌だから、癌にはかからんのですよ」とめちゃくちゃを言う人もいる。

 オサマやタリバンに判断を失わせるには、眠らせないために、連続して夜間に空聾をするのが一番効く。私は戦争中子供だったが、アメリカにそのことを教えてもらった。毎晩のように東京に空襲警報が出ると、昼間私はアクビばかりしていた。アメリカの戦法は当時と同じなのだろうか。
 



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