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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 食料の援助?いったい何を送ればいいのか  
コラム名: 自分の顔相手の顔 475  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/10/17  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   アフガニスタンの難民に食料の援助をすると言っても、それは実に難しい。10月12日のテレビ報道によると、アメリカが投下した援助物資の食料のビスケットの中に豚の成分が入っている、と果たしてタリバン側は言い出した。イスラム教徒は豚を食べない。それを知りつつアメリカはビスケットの中に豚の成分を入れたと言い触らせば、親切を簡単に仇にすることができる。

 1857年から59年にかけて、東インド会社の傭兵(セポイ)が起こした反乱は、これと全く同じ理由である。当時、火薬を湿らさないために、薬包は油脂でコーティングされていた。傭兵たちは射撃の時、まずその薬包を噛み切って、中の火薬を銃口に詰める。その時、強制的に豚の脂を□にさせられていた、と思ったのである。これがきっかけでイギリスヘの抵抗運動が拡がり、どちら側も実に残酷な殺し合いをした。

 先日会った農水省の若い官僚は、一体我々は何をアフガニスタンに送ったらいいですかね。小麦粉と油くらいしかないでしょうね」と言っていた。全く彼の言う通りである。材料そのものに制限がある上、イスラム教徒はハラルと言って、宗教上の捉に従って処理された食品だという証明がなければ口にしないからだ。

 私の息子は大学生の時、カヌーで川を数時間潮るボルネオの奥地で、ロングハウスと呼ばれる長屋で大家族制を取る部族の調査に入った。彼はそこに1カ月以上滞在していたのだが、栄養の補給の意味で生きた鶏を籠に入れて持って行った。ジャングルの中で放し飼いにしておいて、適当な時に食べるつもりだったのである。しかしこれは実現不可能だった。共同生活を文化の一つの体系としている人々の中で、自分だけ鶏を食べるわけにはいかなかったのである。

 同じ村を再訪した時、彼は「どうぞ」と勧めても相手が嫌って食べないものを持って行くことにした。そして幾つか思いついたものの一つが、赤貝の煮付けの罐詰であった。日本人は何でも食べる。食べたことのないものでも手を出してみるし、飢餓ともなれば、鼠でもイモリでもミミズでも何でも口にするだろうと思われる。しかしこういう姿勢は世界でも少数派にしか見られない。

 難民たちは、いくら豚は入っていないと言われても、それまで自分が食べたことのなかったもの、処理法に疑念のあるもの、は与えられても決して食べないだろう。本当に私たちは、何を送ればいいか、なのだ。
 



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