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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 食料の投下?大地を揺るがすほどの勢いで  
コラム名: 自分の顔相手の顔 474  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/10/16  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   アフガニスタンに住む一般市民が戦火に追われ、飢えが近付いている、という話を聞くと、誰もが心を痛める。以前書いたことがあると思うのだが、読者がいつも私のエッセーを読んでいてくださるとは思わないので、改めて書くことにするが……私たちが普通に言う栄養失調には2種類あることを私は教えられたのである。

 1つはいわゆるカロリー不足で、アウシュヴィッツの囚人のように手足が棒状に痩せ細り、頭部は骸骨が皮を被っているだけのだなと実感できるようになる。老人様顔貌と言われる症状がそれで、このような羸痩の症状をマラスムスという。

 しかし私のような素人には、一見理解しがたい栄養失調もある。カロリーは何とか採れていても、蛋白質不足によって浮腫が起きるもので、クワシオコルという。孤児の施設で初めてこういう子供を見た時、私はその子をダッコしながら「こんなに太って強そうなら、将来日本に来てお相撲さんになれるわね」などと話しかけたものだった。お腹はふくれ、手足の皮膚も関節がくびれるほど張り詰めている。それは太っているからではなく、浮腫が来ているのであった。その症状が心臓にまで及べば、いつ心停止が起きてもおかしくない。もう1つこの蛋白質不足の症状は、生物学上の父親がどんな人種であろうと、金髪になることであった。

 私はエチオピアの飢餓の時、NATO軍が空中投下するのを見たが、包の4割は破れて麦の粒があたりに飛び散る状態だった。そこを目掛けて、数千人の人々が大地を揺るがすほどの勢いで、「落穂拾い」に殺到する。麦の粒が比較的多く固まっている地面を確保しようとする人々の間では喧嘩も起きる。

 昼になると私はNATO軍の飛行機の中で持参のランチ・ボックスを拡げた。中身は多くて食べ切れない。ふと外を見ると何人かの子供の眼がじっとこちらを見ていた。

 私が子供たちを見つめているのに気がつくと見ると、飛行機の中にいた下士官が言った。

 「マダム、ランチを残しても、あの子供たちにはやらないでください。皆が殺到して飛行機を壊されます」

 信じられないことだが、周囲に飢餓が蔓延すると、暴動を恐れて、僅かな食物も分けられなくなる。

 私は遂にやる人もないままに、ランチボックスをホテルまで持って帰り、部屋のごみ屑箱の上においた。食べられる部分を、せめてメードさんが誰かにやってくれることを祈っていた。
 



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