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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 立ち見席?参加者にあまりにも失礼な  
コラム名: 自分の顔相手の顔 472  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/10/03  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   昨日は「猫の子2個生まれた」と言った若い女性の言葉でずいぶん楽しませてもらったことを書いたが、すっきり笑えない話もある。

 先日、アメリカ同時多発テロ事件の犠牲者の追悼の式が行われた。主催は日米協会と日本国政府なのだが、なぜか日本国政府の名前が後に書いてあるのである。開催も遅きに失した、という声もあったが、とにかく私はそれに参列した。

 その中に、この催しは、事故の「ヴィクティム」を悼むものだと英語で書いてあるのだが、日本語では「被害者」となっている。

 そこにいた誰もが、この場合のヴィクティムは「犠牲者」という感じでしょう、と言う。その翻訳の感覚の荒さはまあいいとして、私たちが一様に驚いたのは、「ビッグサイト」というお台場の埋め立て地にある会場の、一番後ろの空間に「立ち見席」という札が貼ってあったことだった。

 私はほとんど笑いだしそうになった。ただ私たちは少し早めに行ったので、私はこの非常識な言葉がそのうちに必ずそれに気がついた誰か「上の人」か「年長者」によって、大急ぎで訂正されるだろう、と思ったのである。「立ち見席」というのは芝居小屋の言葉である。もちろん何人来るかわからない一応オープンな式典なのだから、席のない人が出ることは予想される。その場合、立って式典に参加する人はこの区分にいてください、という指示をするのも仕方がない。その時は「立ち席」であろう。

 参加者は追悼の会を「見に」きたのではないのだ。それはあまりに失礼なことだ。私たちは悼み、祈りに来たのだ。その気持ちが外務省に全くないから「立ち見席」などという言葉を平然と使い、しかもそこにいた数十人の「上の人」と「年長者」の誰一人としてそのおかしさに気づかなかった。これは刮目すべき、知識、語学のセンス、心、の貧しさである。

 外務省というところには、語学はできても日本語については「猫の子が2個生れた」という若者と、ほとんど似たりよったりの教養の人ばかりだ、ということだ。東大法学部ももう少し国語力に力を注ぐべきであろう。

 この日も私はうちへ帰って夫に「立ち見席」の話をし、少し笑った。何でもいい、この世に笑いをもたらしてくれるものは感謝すべきだという原則に変わりはないが、それなら「猫の子2個」の方がまだてっていしておかしいから許せる。
 



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