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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 星の群?明日の晩も会えますか?  
コラム名: 自分の顔相手の顔 465  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/09/05  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   カシュガルから帰路は、途中トルファンで1泊して、T54/51という、上海まで約4500キロを走る中国国鉄最長距離列車に乗るのである。列車は昼の12時頃、トルファンを出発し、17時20分過ぎには、ハミを通過した。いわゆるハミメロンの産地として、その名が轟いている土地である。

 もっともタリム盆地はどこも西瓜、メロン、葡萄などの名産地ばかりだった。西瓜やメロンがおいしいのは、気温が高くて降雨量が少ない半砂漠地帯だからである。

 私は日本で西瓜の名産地である三浦半島で週末を暮らしているが、梅雨で雨が多い時期の西瓜は少しも甘くない。暑さの中で辛い思いをして僅かな水分を必死で集める時、瓜の類は甘くなる。葡萄には、冬の厳しい寒さが必須だ。

 教育も同じで、そうした艱難辛苦の要素がなくてはうま味のある人間が育たないのだが、日本では、今教育者でもそうした点を考えようとしない人がざらにいる。

 日記によると、その夜、22時30分頃、私は目を覚ましている。起き上がってみると、挨だらけの窓ガラスにもかかわらず、凄まじい星の光が狭い車内に差し込んでいた。星の群は、天空に在るだけでなく、地平線の近くまで地表を襲うように下りて来ていた。

 私は寝台車の向かいのベッドに寝ている夫や、上のベッドにいる息子夫婦を叩き起こしたいような衝動に駆られたが、昼間21人のグループの面倒を見ていて、雑用の多かった彼らから寝入り端の貴重な眠りを奪う気にはなれなくてじっとしていた。

 私はその代わり、心の中で星に言った。

 「明円の晩も会えますか?」

 「いいえ」

 と星の代表は答えた。その星は一際大きく輝いていて、その付近の星座の形から考えても有名な星に違いないのに、50歳近くまで視力のなかった私は、昔から星の姿などまともに見たことがなかったので、名前も知らないのであった。

 「どうしてですか?」

 と私は尋ねた。

 「地球はそういう所なんです」

 それが星の答えだった。

 その通り翌日の夜は、西安を過ぎてからやって来た。しかしもうそこは砂漠ではなかったので、あの降るほどの星の群は全く見えなかった。星は人の住む土地を嫌っているように見えた。
 



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