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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 財団の名所?ユーモアと手を貸し合う場を  
コラム名: 自分の顔相手の顔 459  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/08/15  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   最近移転した私の働く財団の新社屋には、2カ所ほど隠れた名所がある。

 1つはタバコ呑みの部屋。

 私は自分に影響がなければ、呑む人も気分よくしていてくれる方がいい、という優柔不断な性格なのだが、財団の理事長と常務理事の1人は極めて陽性なタバコ呑み圧迫論者で、窓もない、宿屋で言えば蒲団部屋みたいな空間を喫煙ルームに決めた。不愉快な部屋であればあるほど通う回数も減る。奥さんたちの代行として昼間の健康管理をすれば、ひいては家庭の幸福に繋がるという親心である。

 私はいち早くそこへ行ってみたのだが、タバコというものはすごいもので、数日でもう消し難い匂いがしみついている。新たにタバコに火をつけなくたって、そこにいて深呼吸をすれば、タバコを吸ったと同じ気分になれそうなほどである。

 お広めにお客を招いた日にも、その部屋はまともな見分コースには入っていなかったのだが、私は一部のマスコミ関係のお客をすぐに案内してしまった。皆一様に笑い出すところを見ると、タバコ呑みイジメの幼稚な手口が手に取るようにわかるからだろう。

 1人の理事が、壁に海と白帆の絵を描けと言ったら、それはダメと言われたそうで、理由は、その部屋にいることをいささかでも心地よくしてはいけない。できるだけ屈辱を味わうようにしろ、という上からの、これも親心のなせるわざである。

 それなら……と私は考えている。お金はかけたくないが、誰かうまい素人画家に頼んで、壁一面に留置場そっくりの格子を描いてもらおう。できれば、その向こうに、歯をむき出しにしたマンガ的に憎らしいおマワリさんも2人ほど付け足してもらおう。職場でも家庭でも必要なのは、どんな物理的心理的に苦しい場面でも、陽性に会社や上役のワルクチが言え、社内の空気に常にユーモアがあることだ。

 しかし新しい財団の社屋のもう一つの名所は、決して留置場風喫煙室ではない。1階の来客スペースの近くにある障害者用の6畳敷きくらいはありそうな広大なトイレで、車椅子の人たちに便利な手すりから、人工肛門の処置もゆっくりできる装置が備えられている。

 現世は、辛いこと、ぶつかり合うことだらけだ。お互いに手を貸し合うほかはない。辛いこと自体をなくすことはできないのだから。その認識がはっきりできていないから、国内問題も国際関係もぎくしゃくするのだろう。
 



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