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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 非難合戦?せめてユーモアを駆使して  
コラム名: 自分の顔相手の顔 457  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/08/08  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   このごろの日本人の幼稚さ加減は、ほんとうに困ったものである。

 扇大臣が足を捻挫して車椅子で現れ、「お見苦しいところをお見せして」と言えば、車椅子の生活者がお見苦しいのか、と言葉尻を捉える。病気で車椅子の生活をしている人と、自分の不注意で足を怪我した場合とは、人間自然に言い方が違うものなのだ。私の母の世代だったら、まともな人はすべてどこか怪我をした姿で人前に出たら「お見苦しいところをお目にかけまして……」と言ったものなのだ。その極めて日本的な伝統的表現を(別に守れとは言わないが)知りもしないでいちゃもんをつけるものではない。

 小泉総理が「日本では乞食も字が読める」と言えば、ホームレスを馬鹿にするのか、と言う。ほんとうに外国に出たことのない人は困ったものだ。日本には正確にいえば、乞食など一人もいない。しかし多くの外国には、乞食を職業にしている人がいくらでもいる。しかも外国に行った時、私たちは自国の状況を相手が理解しやすいように、常に多少の翻訳をして話すものだ。どこの国でも乞食が最低の生活者だとはっきり思っているから、多分総理は比喩としてそう言われたのである。そんなことにまで、いちいち悶着をつけるのが、最近の子供っぽい流行なのである。

 日本将棋連盟というところも大人気ない。明石市の歩道橋で圧死事件が起きた後、日本将棋連盟は「将棋倒し」というのは子供の遊びだから、こういう場合には使うな、と言った。まだ正規のルールで将棋を指せない子供でも憧れで駒をいじる。すばらしいことではないのか。もっともこのことでは米長邦雄永世棋聖もユーモラスにお怒りだ。日本将棋連盟は将棋の世界の中の一団体に過ぎないので、今回の発言はその連盟の理事の無神経の結果だと判断してほしい、ということだ。

 もっともすぐに相手の言い方にケンカを売るのは、日本だけではないらしい。インドのカルカッタでは、ブッシュ大統領の猫の名前が「インディア」だということをウェブサイトで知った学生抗議家たちが、これはインド人をばかしたものだ、と言って、アメリカ領事館にデモをかけた。その時、彼らは一匹の猫を連れていた。猫は「ブッシュ」と名付けられ、首に大きく名前が書かれていた。非難合戦をやるなら、せめてこれくらいのユーモアを駆使してほしい。そうすれば常に退屈しているわれわれ大衆は、大喜びで舌戦に注目するだろう。
 



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