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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: メロドラマ?貧困と混乱の中で現世を忘れる  
コラム名: 自分の顔相手の顔 454  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/07/31  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   貧困、政治的な混乱、市街での暴力行為などが続くフィリピンで、最近、数百万の視聴者はテレビのソープオペラ(メロドラマ)に取りつかれている。現地ではシネトロンというのだそうだが、ゴールデンアワーで高視聴率を稼いでいる。

 なぜメロドラマのことをソープオペラというのかというと、1920年代のアメリカで主婦たちを夢中にさせたラジオのメロドラマのスポンサーが、石鹸会社だったからである。

 フィリピンの人々の興味を引きつけているドラマは、つまり最近の日本では筋さえも思いつかないような、ロマンチックな恋愛あり、家族の悲劇あり、成功物語ありの、絵に描いたようなメロドラマだという。ドラマには、必ずお金持ちの主人公が登場する。彼か彼女は都会の超豪華なマンションに住み、値段もわからないほどの高級車を乗り回す。或いはロマンチックな恋をし、事業に大成功を納める。ほかにもフィリピン人は超自然的な話が好きなので、人に化ける蛇や、空を飛ぶことのできる人の話にも人気がある、という。

 こうしたメロドラマは主にラテン・アメリカで作られているが、映画産業は、今やインドやラテン・アメリカなど、おもしろい国に主流が移って来た。ヴェネズエラやペルーから、テレビでお馴染みのスターが宣伝のためにマニラの空港に着くと、数千のファンが押しかける。混沌とした社会情勢の中ではほっとするような話である。

 ドラマの主演女優は、1つのストーリーごとに、25万円近くの出演料を受け取るが、その現実そのものが、多くの国民が1日100円かそこらで一家が暮らしている貧困の中では、1つの夢物語である。夢はないよりあった方がいい。

 こうしたメロドラマはインドネシアのまともな映画産業がほとんど壊滅的になった時点から、隆盛に転じたというから、人間には本質的に未来は読めないものなのだ。

 現実の社会がお先真っ暗な時に、その国民はどういうふうにして生きて行くのか。これは正確に予測することはできないことだろうが、おもしろい未来像である。戦争中の日本人は、愛国心の表し方一つ、自己決定はできなかった。しかしフィリピン人の、メロドラマで現世を忘れる、という生き方は一番健やかで自然な解決法なのかもしれない。もしかすると破壊には与しない多くのメロドラマ愛好者は、一番素直で本能的には賢いのである。
 



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