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著者: 山田 吉彦  
記事タイトル: 杉樹皮油吸着材「すぎのゆとり」の開発  
コラム名: 海洋汚染?21世紀の課題  
出版物名: 海と安全  
出版社名: (社)日本海難防止協会  
発行日: 2001/07  
※この記事は、著者と日本海難防止協会の許諾を得て転載したものです。
日本海難防止協会に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど日本海難防止協会の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   「杉の樹皮が油の吸着作用を持っていることを発見しました。大分県では、製材後の杉樹皮が山のように積まれていて、処分に困っています。この杉の樹皮を使って流出油の回収材を作ってみたいのですが、日本財団の助成の対象になるでしょうか。」

 大分県産業科学技術センターの斎藤雅樹研究員からの電話を受けたのは、1997年の秋のことだった。

 困った顔の女子職員から電話を引き継いだ私は、発想の斬新さに一種の感動をさえ覚えた。「海のゴミを山のゴミで回収する。」できそうで、できない発想である。

 この年は、1月にナホトカ号重油流出事件がおき、海上での油流出による環境汚染問題が注目されていた。日本財団で海難防止を担当している私は、油防除対策についても多くの意見やアイデアを聞いたが、なかなか実現性のあるものは少なく、あっても莫大な費用がかかるものばかりだった。

 女子職員が困惑したのには訳があり、日本財団は、原則として政府・自治体が直接行う事業には支援できないことになっている。斉藤氏の勤める研究所は、大分県の県立で、本来、日本財団の助成の対象とすることはできなかった。

 私は取り敢えず事業計画書の概略をFAXで送ってもらい、事業を進めるための検討に入った。

 やがて、次年度の予算計画を作る段階になって、どうしても「杉の樹皮を使った油吸着材の研究」を支援したいという思いが強くなった。苦肉の策として思いついたのが、財団が直接行う調査研究事業として、大分県産業科学技術センターに研究委託を行うという方法だった。

 翌年の3月には、組織内部の理解を得ることができ、どうにか予算獲得までこぎつけることができ、まったく新しい発想による油回収資機材の開発の第一歩を歩みだすことになった。

 結果的には、財団の調査研究事業として行うことにより、財団の海洋汚染防止関係のネットワークを活用することができ、油吸着資機材の研究開発を飛躍的に発展させることにつながった。

 研究開発には幾多の困難が待ち受けていた。斉藤氏の当初の考えでは、杉の樹皮を漁網で包み、漁船が魚をあげるときのように流出油を回収するというものだった。しかし、大型水槽実験の結果、それでは、杉が吸収した水の重さにより回収が、難しくなることがわかった。また、実際の漁網はほとんどが化学繊維でできているため、処分時に有害物資対策が必要となり、処分費用が高くつく。斉藤氏も私も、油吸着資機材についての知識が乏しく、問題解決のための妙案がなかなか浮かばなかった。

 そこで、この研究開発に海上災害防止センターの参画を求めることにした。海上油汚染対策の第一人者である同センターの小倉調査研究室長に、本研究への参加を依頼し、ご快諾をいただくことができた。

 斉藤氏のアイデア、小倉室長の知識と経験が一体となりこの研究が再スタートできることになり、大分県産業技術科学センター、海上災害防止センター、日本財団の共同研究として事業推進体制を整えた。

≪ 杉の樹皮の特性 ≫

 大分県は、全国3位の杉の産地。山から切り出され製材所に運ばれた杉の原木は、ウォータージェットや回転刃などで皮を剥がされる。この剥がれた皮は、県内だけで約5万立米出されている。杉の樹皮は、通常腐食する速度が遅く、製材所の片隅で山積みにされ放置されている姿を見かけるが、この杉樹皮の山は、産業廃棄物として焼却処理されるのを待っているのである。

 杉の樹皮は、自然乾燥状態にあっても高い親油性および疎水性を持つ。杉の樹皮は、他の樹種に比べてリグニンを多く含んでおり、このリグニンが親油性の原因と考えられている。


≪ 杉の樹皮油吸着材開発研究の成功 ≫

 新しい油回収資機材の開発にあたっては、環境を最大限に考慮するという基本コンセプトにこだわることにした。まず、製造時、原料は、天然素材のみとし、熱圧着や炭化工程が不要で使用エネルギー・炭酸ガス発生量が極めて少ないという特徴を持っている。このことは、製造原価の圧縮に結びついている。廃材を用いる油吸着材が何種類かあるが、製造工程で炭化工程がはいるため、環境に優しい商品であるとはいいきれず、また、炭化工程によるコスト高を招いている。

 私たちは、環境負荷を低減し、かつ低コストの製品を作るという、「都合の良い」製品の開発を進めていたのである。

 東京、横須賀、大分と共同研究者は、離れて研究を進めていたが、何度かの協議を重ね、大型水槽での実験も3回行い、2000年秋、マット形、ブーム型の2種類の試作品を完成することができた。

 この試作品は、従来の油吸着材と同等の性能を持たせることに成功した。A重油で自重の13.4倍、C重油で16.5倍の油を吸着することが可能である。また、水については自重の0.1〜0.2倍程度しか吸着せず、水面での油回収を効率的に行うことができる。因みに国土交通省の認可基準では吸着が自重の6倍以上、吸水は自重の1.5倍以下であることが求められているが、十分に基準以上の性能を得ることができた。

 杉の樹皮油吸着材の製作コンセプトを確認すると、

 1 原料をl00%天然素材とし環境負荷の低減をはかる。
 2 必要最低限の加工に留め環境負荷低減とコスト削減をはかる。
 3 従来品と同等以上の油吸着性能を持つ。
 4 従来品と同等以下の価格を目指す。

 以上に着眼し、開発研究を行った。


≪ 「すぎのゆとり」の実用化 ≫

 私たちは、試作の成功により、具体的な実用化の準備に入った。日本財団としては、この製品の製作が、より高い社会性を持つことを重視し、授産施設での製作の可能性を検討した。大分県内の数個所の授産施設との協議の結果、豊後高田市にある社会福祉法人八光会を中心に5箇所の授産施設での製作体制を作り、実用化を開始した。

 今後日本財団では、「すぎのゆとり」を海上災害防止センターを介して、全国の主要港湾に試験的に配備する予定である。また、商品としては、ぶんご有機肥料株式会社(大分県竹田市)で販売を開始している。「すぎのゆとり」は海上での油回収作業においては極めて有効であるが、同様に陸上における油回収においても効果を発揮し、工場における油漏れの際などでの需要が見込まれている。


≪ まとめ ≫

 油流出事故は、起こさないに越したことは無い。海は、人類だけでなく陸上、海上をとわず生きる生物、植物の貴重な母なる財産である。人間だけが汚して良いわけは無い。不幸にしてもし事故が発生してしまった場合、どれだけ環境に配慮した処置ができるかが重要であろう。この「すぎのゆとり」は、環境に配慮した海洋汚染対策のさきがけとして、幅広い分野における、今後の研究の一助となることであろう。

 杉の樹皮油回収資機材「すぎのゆとり」は、大分県産業科学技術センター、海上災害防止センター、日本財団の協力の産物であるが、研究段階において国土交通省海事局、海上保安庁をはじめとした多くの方々のご助言をいただき、より精度の高い製品を作ることができた。

 開発研究に参画した一人として、ご協力をいただいた皆様に、心から謝辞を申し上げたい。
 

大分県産業科学技術センターのホームページへ  
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