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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: パソコン通信?“ながら”ができない困りもの  
コラム名: 自分の顔相手の顔 95  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/11/10  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   今年の読書週間の調査によると、一カ月に一冊も本を読まない中学生は五五%、高校生は七〇%に達するという。「本よりテレビやゲームの方がおもしろい」「他にしたいことがあった」などというのが、その理由だと言う。
 その理由は簡単で、親も先生も本を読まない世代になったからである。本はお酒と似ている。お父さんがおいしそうに飲んでいると、「うまそうなもんだなあ。ボクも大きくなったら酒を飲もう」と子供は思う。しかし父親が酒乱だと、親のようにはなりたくない、と酒にこだわりを持つような子も出るのである。両親が本を読んで、その話をすれば、子供は自然に読書をするようになるものだ。
 私の知人の息子もそういう一人で、両親は四十代だが、とにかく本をよく読む。するとその息子も親の真似をして読む。一冊終わると、次は翌朝、などではない。ご飯まで後五分しかなくともすぐ次のを読み始めている。学校の成績はいいかどうか知らないが、とにかくあれだけ本を読んだら、たとえいい学校へ入れなくても、一生何か特異なことをして食べて行けるだろう。知識は人に抜きんでるほど持っていれば、どんな時代でも、必ずそれで仕事があるのだから、ほんとうはいい学校へ入る画策をするより、とにかく読書の癖をつけることの方が得だと思う。
 私はまだ自分がパソコン通信を使いこなしていないので、引け目を覚えながら、今勤めている日本財団の理事会で「大切な連絡事項は、各人の机の上にあるパソコンの電子メールで読まれますか?」と聞いてみたことがある。するとほとんど全員が、ペーパーで欲しい、という感じだった。理由を聞いてみると、職場にいる間は別の仕事が次から次へとあるから、テレビの画面でじっと読んでなどいられない、という。その先はしつこく聞かなくったってわかっている。コピーになっていれば、通勤電車の中、お風呂の中、小さい四角い部屋の中などで読むのだろう。今までの日本人は、何かをしながら同時に別のことをして自然に倍の仕事をしていた。つまり生活しながら知識を取り込んでいたのである。
 考えてみると、私も同じだった。鍼(はり)の治療を受けながら校正刷りを読み、電車の中でこっそり手紙の整理をし、おべんとうを食べながら講演のメモを作ることなど、当たり前だと思っていた。
 パソコン通信の困るところは、機械のあるところでしか情報が得られないことだ。それをプリントすることはもちろんできるが、わざわざ紙にして持ち出すなら、ただのコピー機を使うのと同じことになる。
 人間の一日も人生の長さも、限度がある。限られた時間の中では、要らないものは常に切り捨てなければならない。取り入れることと取り入れを制限することは同じぐらい大切な操作だ。自分に要るものだけを取捨選択できる人が、これからはプロになるだろう。
 



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