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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: カラス退治?人間の生活が脅されるなら  
コラム名: 自分の顔相手の顔 350  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/07/05  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   石原都知事がカラス退治に乗り出したことを歓迎している人も多いが、動物愛護の立場を取る人は怒っているだろう。
 私も一度だけ、庭の木の上のカラスに脅されたことがある。私の家の柿は「日本一甘い」ということになっている。もう樹齢八十年は超える。カラスにすれば、その最もおいしい実を食べているところに私が近づいたのだから縄張りを荒されると思ったのだろうが、私にすれば「うちの柿の木なんだゾ」とカラスの方に言ってやりたいくらいのものだ。
 最近長い間、人間は動物と植物に圧迫されて来た。禁猟区に指定されれば、サルでも、野兎でも、タヌキでも、どんな悪さをしても手出しができない。私のように遊びで畑をしている者なら、タヌキにやられたジャガイモの被害を倍くらいに吹聴して楽しむこともできる。しかしそれを業としている人々にとっては深刻だ。
 樹木も保護しなければならない、となると自動車道路に出張っている桜の木一本切れない。そこだけ道の巾を狭くしたりする。それがネックになって渋滞も起るだろうし、夜中に衝突する車も出るかも知れない。
 桜が大切か、人の命が大事か、となったら、文句なく人の命だと私は思う。交通のネックになるようだったら、気軽に切ればいい。しかしその場合は、切った事業主に必ず、森林計画区域に二本以上の桜を植え、それを管理する費用を負担させることを義務づけたらいい。
 桜もすぐ大きく育つ。私は頂いた二本の桜の苗を育ててみて、その思いを深くした。数十年はあっという間に経つ。
 私たち日本人が幼児性に取りつかれていることは、よく感じる。あれかこれか、どちらか一つしか認めないのが幼児性なのだ。
 カラスは、「カラス、なぜ啼くの」の歌で、すっかり子供思いの鳥だということになった。しかし知能の高いカラスはよく盗む。開いた窓から入って来て、ボールペン、眼鏡、指輪、義歯、何でも盗む。テレビでは何十本もの簡易ハンガーで作った巣の光景が映し出されていた。
 カラスもいた方がいい。夕陽の中で、カアアアと啼かれると、明日への元気が湧いて来る。
 桜ももちろん大賛成だ。四月の天気予報は桜前線なしでは格好がつかない。競馬の桜花賞もきれいな名前だ。しかし、どちらも、人間の生活を脅すような場合は、多少排除して当然である。
 カラスを追っ払えば、動物虐待。桜の木を切れば自然破壊。そういう一途な考えが一番幼稚で困る。
 私が今住んでいる所は、東京でも上等の住宅地だということになっている。しかし大正の初めには、木一本ないつまらない麦畑だったという。宅地会社が開発して木を植えることを奨励してから、半世紀で緑の多い町になった。折り合いをつけ、人を守り、木を植えることだ。
 



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