|
ブルキナファソというアフリカの国の、ボボデュラッソという町の近くで、オンコセルカというブユによって失明する病気の人たちに会っていた時である。 この病気は特効薬もあるのだが、年に一度十四年間飲み続けねばならない。そういう簡単なようでいて煩瑣(へんさ)な予防の仕事を、ヘレン・ケラー財団が日本財団のお金を使ってやってくれている。 現地のヘレン・ケラー財団のオフィスに行くと、突然、フィールドの調査に出る人員が増えた。日本からの調査団も十七人いるのだから小人数とは言えないのだが、それにたくさんの人が加わって四駆の台数が増すと、ますます大げさな視察風になる。そういう時、私は感情を押し殺せなくて、まともにいやな顔をするらしい。 ヘレン・ケラー財団の神経こまやかなアメリカ人の責任者が言った。 「すみません。人が増えて、おいやでしょう。ですが今日昼までに我々が調査する予定の六つの村は、すべて使っている言語が違うのです。あなたは昨日からしきりに、個人的な質問をしていたでしょう。今日もそれを続けるとなると、最低一つの村から一人ずつフランス語に通訳できる人を出さないと、話ができないんです」 彼の言う通りであった。私は連日、通訳の人さえいれば、「できるだけ個人的なこと」を会う人ごとに聞いて歩き続けていたのである。家族は何人か。夫は何の仕事をしているか。子供を学校にやれるか。お金があったら、何をしたいか、などということである。 帰って来て夫にその話をした。夫は十一月の終りまでユネスコの国内委員として働いた。 「それでいつも、アフリカに識字教育をすると、いったい何語を教えるんだ、という壁にぶつかるんだよ」 「ブルキナファソの場合だったら、フランス語でいいじゃないの。フランス語を知ってれば、少なくとも就職の機会は増えて、お金儲けはできるから」 私の返事は単純なものである。明日の文化より、今日の金儲け、という感じだ。この格言の原型はアラブのもので、「明日のメンドリより、今日のヒヨコ」というのが正しいのである。しかし私のような安易な考えではとうてい部族の文化を守り、その存在と歴史を尊重するという目的にはならない。効率のいいフランス語を教えたら、植民地文化を再教育するのか、と怒る人が出ても当然だ。 部族の文化を守る、というのはたやすい。しかし部族の人数がほんの数千、数万という人たちもざらである。しかも極く近くに住む他部族とは、通婚もせず仲も悪いのが普通なのである。 一億二千万人も同じ言語が通じるという状態が、どれほど大きい幸せか、私たちは普段全く自覚していない。そういう先進国型の文化と発想の中で、アフリカの文化を育てる方法を見つけるのは至難の業である。
|
|
|
|