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著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: ハンセン病 次は差別解消だ  
コラム名: 論点  
出版物名: 読売新聞  
出版社名: 読売新聞社  
発行日: 2001/05/31  
※この記事は、著者と読売新聞社の許諾を得て転載したものです。
読売新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど読売新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   ハンセン病国家補償訴訟について、小泉首相は「法律上問題あり」との条件付きながら勇断を持って、「控訴断念」を決定した。いささかながらこの問題にかかわってきた者として、首相の決断を高く評価する。

 今回の政府決定は、単に補償するかしないかというレベルの問題ではない。人間存在そのものにかかわる事柄である。何よりも、ハンセン病は治る病気であり、偏見と差別がいわれないものであることを国民に明確に示した占に歴史的意義がある。

 ハンセン病については、既に紀元前六世紀のインドの古書に記述がある。人が人を差別する悪業の源については諸説あろうが、私は不治の病といわれて恐れられてきたハンセン病に由来するのではと思うこともある。繰り返すが、ハンセン病は治療薬プロミンの発見により医学的には治る病気なのだ。問題は、差別を生み出す人の心だ。

 マスコミを含め世間一般があまり話題にしないことだが、ハンセン病への世界規模での取り組みに触れておきたい。

 WHO(世界保健機関)では現在、二〇〇五年までにハンセン病罹病率を、世界各国が人口一万人当たり一人以下に低下させる「制圧目標」を掲げて積極的に活動している。私の所属する日本財団も一九七五年以来、WHOへの全面的協力を続けてきた。とくに、この五年間は全世界で必要とされる治療薬のすべてを無料配布してきた。

 今月十六日、ジュネーブで開催されたWHO年次総会のハンセン病特別セッションで、私はハンセン病制圧担当の特別大使に任命された。特別大使職の設置は、WHOが残り四年を切った制圧へのラストスパートとして取った決定の一つである。

 WHOの制圧目標を現時点で達成していない主な国は、インド、ブラジル、ミャンマー、ネパール、モザンビーク、マダガスカルだ。これらの国々に重点的に活動を集中するためのタスクフォース(特別対策組織)ともいえる「ハンセン病制圧世界同盟」、別名グローバルアライアンスが結成された。

 WHO、制圧未達成諸国の政府、世界救らい団体連合露下の多くのWHOで構成されたグローバルアライアンスの一員として、私も、ハンセン病の制圧と患者・元患者の尊厳回復に全力を尽くす所存である。

 一点、指摘しておきたい。目標通り、二〇〇五年までに世界各国の罹病率が一万人に一人以下になったとしよう。確かに、それ自体すばらしいことだが、ハンセン病の長い歴史の中では一つの通過点でしかない。フェイズ・ワンの終わりであり、フェイズ・ツーの始まりなのだ。次なる段階は、全世界での患者・元患者の人権を復権させることである。文化の多様性は差別の多様性、差別解消のあり方の多様性を意味する。世界規模での差別解消への道は遠い。

 無論、わが国でも、今回の政府決定をもって、元患者の尊厳と人権が完全に回復したわけではない。今後、学校教育をはじめ、様々な機会を通じての地道な努力が不可欠である。また、差別解消には元患者によるさらなる自己主張も欠かすことができない.

 ハンセン病とともに生きた人々の記録は、ただの記録ではない。それは、人間の尊厳、差別について、われわれに厳しく深く問いかけるものだ。国内には元患者が自主運営する高松宮記念ハンセン病資料館が東京の多磨全生園にある。人類の負の遺産ともいえるハンセン病による差別のおぞましさ、恐ろしさを後世に伝え残さねばならない。

 控訴断念後、小泉首相は元患者の苦痛と苦難に対し政府として謝罪するとともに、ハンセン病資料館の充実や名誉回復のための啓発事業などを約束した。これらの施策が一日も早く実現することを強く望む。
 



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