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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: もったいない?不合理で楽しくない現実  
コラム名: 自分の顔相手の顔 312  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/02/22  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   去年の秋、アフリカのカメルーンに入った時、英語を話すガイドさんに会った。私たちはカメルーンヘ行くことが目的ではなく、コンゴからお隣のチャドヘ行くのに直行便がないので、やむなくカメルーンで飛行機待ちをしていたのである。
 「カメルーンには日本人は来ますか? 観光客はあまり来ないでしょうね」
 と私が言うと、
 「いや、けっこう来ますよ。そんなに多くはないけどね。お客さんたちの行くチャドにも行ってますよ」
 私はほんとうに驚いた。チャドには商社マンが一人もいない、と言っていい。住んでいる人はNGOの数人と、後は私の友人のカトリックのシスターたちだけだ。
 「どういう所を観光するんですか?」
 と私は尋ねた。
 「観光はほとんどしないんですよ。午後着いて、翌朝出発というようなスケジュールですから」
 私はもう一度びっくりした。
 「じゃ、何のためにいらっしゃるんですか?」
 「パスポートに入国のスタンプを押してもらうためですよ。それをコレクションにしているんですよ。だから観光は全く要らないんです。スタンプが目的ですから」
 そういう趣味の人が、一人や二人でないから、こういうツアーが組めるのである。
 人の趣味をとやかく言う訳ではないが、何というもったいないことを、と私は思うのである。私は通過か一晩寝ただけの国を「行った」ことにはしていない。
 もっとも私自身、ルワンダという国のヴィザに銀色シールが張ってあり、角度によってゴリラの顔が浮かび上がるのを、子供のように嬉しがった記憶があるから、パスポートのスタンプ・コレクションの趣味を笑うことはできないかもしれない。
 テレビを見ていたら、肥満についての特集番組もあった。その番組の男性のキャスターは、外見はほっそりしているが、就職してから四キロ半肥って、お腹の周囲に肉がついたのだという。それは外食のせいもあるらしい。マスコミ関係者というのは、ラーメン、カツ丼、お酒、と高カロリーの食事を何十年と不規則に仕事先で取り続けるのである。
 「外食の肥満はどうしたらいいでしょう」
 と彼が質問すると、番組の回答者のドクターはこともなげに答えた。
 「まあ、必ず残すことですね」
 それが正解だし、そうする他はないのである。しかし私はどうも釈然としない。糖尿病、肥満、高齢者、などに対しては、量の半分のメニューを作る制度がそろそろできて当然である。地球上で、多くの人たちがまともに食べていないのに、こちらは残すのを承知で食事を注文し、食べ物を捨てる。不合理でしかも思い上がっている現実というのは、どこか端正でもなく、楽しくもないのである。
 



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