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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 老年の特権?冒険は青年のものではない  
コラム名: 自分の顔相手の顔 102  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/12/08  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   二十代の半ばから、六十代の半ばまで各年代の十一人が集まって、アフリカの奥地を旅行した。水は水道の蛇口からは一滴も飲まないように。氷はたとえあったとしても元の水が不潔だから一かけらもだめ。マラリア蚊は夕方に出るから、蚊よけのスプレーを掛けるか、腰に蚊取線香を入れたものを吊るすかするように(これは私のお得意の農耕スタイルである)。
 事前に散々注意したが、いつも旅行中に先に病気になるのは、若い年代からである。
 それは一つには、グループの若い世代がいい性格で、率先して年寄りを働かさないように重いものを持ったりして気を遣ってくれるからだが、高齢者というのは、やはり巧者なところもあるのである。
 私も高齢者のグループに属するのだが、お腹一つ壊さない。風邪は二度引き掛けたが、その度に早めに手当てをして抑えてしまう。私の体験では、旅行ほど節制が大切なものはないのである。
 私の体質に有効な、健康を保つ二つの鍵は、まず食べ過ぎないことと、夜遊びをしないことである。めったにない旅だから、夜も仲間とお酒を飲んで遊びたい気持ちもわからないわけではないが、夜遊べば、昼のバスの中で居眠りばかりすることになる。車窓から町を見ないのなら、何で外国へ行くのだ、と私は思う。だから私としては珍しくストイックになって、夜の遊びはしない。朝は早く起きて、アフリカのこの上ないすがすがしい早朝の光を楽しむ。
 お腹は充分に空腹を感じてから食べるのが原則だ。こちらの方はしばしば食べ過ぎて後悔する。時々水を飲み、リュックに潜ませた塩っぱいお摘みを食べる。汗をかくから、水分と塩分の補給が必要なのだ。しかし日本では、塩は採らない方がいいということばかり言われるから、塩分を補給しないといけない、などという知識が一向に生きていない。
 年を取るということは実にすばらしいことだ。雑学も増える。少々危険な所へ行っても、もうそろそろ死んでもいい年なのだから、自由な穏やかな気分でいられる。冒険は青年や壮年のものではなく、老年の特権だという私の持論はなかなか人には納得されないが、私はおかげでおもしろい生活をし続けている。
 しかし、先日のエジプトのルクソールの虐殺のような危険というものは、外国のどこにでも潜在している。危険があることが普通の人生なのだ。それを避けて日本にいて安全第一の生活をするか、私のように「仕方がない、運がよければ安全に帰れる」と思って世界の隅々まで歩くかどちらかで、人間は安全でおもしろい生活などできないのである。
 高齢者の自由というものは、今、見落とされがちだが、すばらしい輝きを帯びている。もう一仕事済まして、誰から何を言われようと傷つくような年齢でもなく、むしろ誰にでも深い尊敬と感謝のできる下地ができている。
 



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