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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 報道と電波?平和戦略の武器であるはず  
コラム名: 自分の顔相手の顔 169  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/08/18  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   NHKの番組が「NHK・ワールド・テレビ」(43チャンネル)の名称の下に「BBC・ワールド」(13チャンネル)「CNN」(14チャンネル)と並んでシンガポールのケーブル・テレビを通して庶民の生活に入るような時代になると、多分この国に住む三百万人に近い国民は、これが日本なんだと思って内容を見ているだろうと思う。
 一つのサンプルに過ぎないが、八月五日朝日本時間七時から八時まで「NHK・ワールド・テレビ」を見て、それから「BBC・ワールド」に切り換えて二つを比べた。BBCの初めの三十分間は「USAダイレクト」でアメリカの国内問題。ミシガン州知事選挙、子供のギャンブル七パーセントに達する。アイオワの麻薬摘発。ブラック・ボックスを自動車にも積む計画。天気予報はまずアジアから始まって世界全体。
 世界は問題山積だ。インドとパキスタンは話し合いをするポーズを見せながらカシミールでは戦闘を続けている。インド人たちは核実験の成功を祝って、これこそ国威の発揚とばかり勝利の歌を歌っているというニュースも(別の日にではあるが)報道されている。
 先頃のインドネシアの騒乱では百六十人のチャイニーズ系の女性たちがレイプされたことにもBBCは触れる。チャイニーズ系インドネシア人のお金が今後どれほどどこに流出するか。それがアジア経済の流れを決定する大きな要因の一つである。
 九時、「CNN」は深刻なコソボ問題を報道し続ける。数千人の難民が出ている。救援に働くヨーロッパ人は胸に赤十字と赤新月と二つのマークを並べている。これは大切なポイント。その間に「NHK・ワールド・テレビ」はずっと呑気に水のボトルを何十本と並べて、どれがおいしいかという優雅なお話。
 九時四分「BBC・ワールド」は、イラクのサダム・フセインが南アのマンデラと会ったニュースを報じる。化学兵器に対する立入り検査もすんなりとは行っていないらしい。私の英語が不十分なのでわからない部分もあるが、サダムはマンデラに何を話したのか。この時期、国連コレスポンデントのロブ・ワトソンという人の分析はライヴである。
 チェコのハベル大統領(六一)の病状が重篤になった。日本のテレビはそれを報道したか。関東甲信越地方の交通情報をシンガポールで流してどうなる。海外にいる日本人でも必ずしも英語がわかるとは限らない。テレビの海外版はその人たちのためにアメリカ、イギリス並みの情報を与え、対外的にはアジアの報道の先端を担うべきであろう。
 電波は個人のものではなく、国際的な平和的戦略の武器である。別に新しい展開があるわけでもない二週間前の毒入りカレー事件をまだ報じているローカル新聞のような国際放送が許されるわけはない。日本の(歴代)総理が国際社会に出て行って、何の思想も信念もなく、強力な政策の発言もリーダーシップもないという批判があるなら、今のNHKの海外放送番組の内容はまさにそうした顔のない総理のイメージ以上に怠惰である。
 



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