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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 年の瀬?現状…アフリカなら夢物語  
コラム名: 自分の顔相手の顔 105  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/12/16  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   十二月十日付けの東京新聞のいわゆる三面には、見開き記事で、師走の暗い話が出ている。片面には「凍る年の瀬 日雇い労働者 不況に細る腕 パン宿泊券支給過去最高 仕事激減、盆前より三分の一『後は死ぬのを待つだけ』」。これは横浜市の話で、見出しだけで大体推測はできるが、仕事にあぶれた労働者には、パン券(七百二十円)と宿泊券(千五百円)が出されている、という。
 見開きのもう一方のページには「“酷寒”列島 75歳と46歳 母娘餓死『娘は体弱く働けない』郡山のアパート 空の冷蔵庫、死後2日 周囲の勧めも……民生委員を“拒否”」
 私はつい十日ほど前、アフリカのマダガスカルとルワンダから帰ったばかりである。どちらも観光ではない。私たちはそれらの国の極貧の実態に触れるために行ったので、電気も水道もホテルもない村の、修道院に泊めてもらう日もあったのである。
 一般の人々も風呂など入ったことがない。洗濯もしない。水源も遠いし、知識もない。病気はそのまま。入院している人も三人に二人はマラリアだという感じだ。しかし蚊帳は千二百円もするから、一家の年収(月収ではない)が五、六千円という人には、とうてい買えるものではない。
 町には人力車が溢れている。はだしの車夫の多くが痩せて結核だ。自分だけでなく、家族にも充分に食べさせられていない。民生委員に言えば餓死しないで済む社会など、彼らは想像することもできない。
 どの土地でも、多くの時間を水汲みに使う。時には水源まで十キロもある時がある。米も毎日もみ付き玄米を臼に入れて杵で搗く。それでも米があるだけ幸せで、マニヨク薯しかない日もある。どちらを調理するにも、薪はひどく高い。一束百円くらいする。そんな薪は買えないから、近所の木を叩き切る。
 政府が、お腹いっぱいになるだけの、燃料なしにすぐ食べられるパン券と、どうにか雨の漏らない場所に泊まれる券をくれるなどという話は、アフリカの村人には夢物語だ。
 もちろん私は、日本の経済の歪みの谷に落ちそうな人を、今のまま放置していいと言っているのではない。しかし世界のレベルは違うということも、日本人はあまりに知らない。
 今度の私たちの旅は、日本財団の企画で、日本の主要な全国紙、通信社、テレビ・ラジオ局、中央官庁の若手官僚を同行したのだが、こういう記事を読むと、つくづくこの記者も招待すればよかったと思う。この人も、世界の貧困の実態を知らない。彼の落ち度ではなく、教育される機会が全くなかったのだ。
 世界は私たちが思う以上にすさまじい。日本でも苛めをやめることは当然だが、ルワンダでは部族の対立で百万人近くが虐殺された。もはや苛めなどという程度ではない。捜し出して来て、敵対部族とその関係者なら叩き殺したのである。
 最近の日本人は、お坊ちゃまとお嬢さまばかりになった。
 



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