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野村総合研究所の発表によると、日本人はインターネットを利用する買い物が、欧米人と比べて好きではないのだという。アメリカでは四六・八%の人が「利用してみたい」と答えているのに対して、日本人は二七・八%。つまり約七割の日本人がインターネットを利用して買い物をしたくない、と言っているのだという。 それに対して朝のテレビ番組のキャスターは、「日本人は手に取ってみて買いたい、という気分がありますからねえ」 とコメントしていた。 前にも書いたかもしれないが、私は身の回りの必要なものはほとんどを通信販売で買っている。他人が私の持ち物をほめて「それはどこで買ったの?」と聞くと、私は初めは「通販」と普通に答えているが、それが二度三度と度重なって同じ返事をしなければならなくなると、だんだんアイソが悪くなる。デパートへ行きたいと思っても、少し忙しくなると、まずその時間からつぶすので、結局買い物はこれ以外に方法がないのである。 その点通販はほんとうに合理的だ。眠る直前の疲れた頭で、ベッドの中でいい加減に品物を決めれば、それで済むのである。 インターネットと通販は、現場に行かないで(つまり実物を見ないで)買うという点では同じだと思うが、根本的な相違は、カタログを見る姿勢が違うということだ。通販のカタログはベッドの中ででも読めるが、インターネットによる「ネットショッピング」は機械の前に坐らねばならない。これは実に大きな差である。 私はすべての知識を、いつも印刷された紙の上で読んで来た。それはどこででも、好きな時に、好きな姿勢で読めるという点で、ほんとうに自由で便利なものだった。 私はテレビの画像の前で、深く心に染みるものなど取り入れられない。テレビの画像で知る知識は、さしあたり必要な実用的なデータだと思うが、いつのまにか私の魂の血肉になっているというようなものは、必ず紙に印刷されている。つまり長い時間、緩急自在にページを繰ることのできる状態でなければ、私の読書は成立しなかった。 そうした本や印刷物を、私はいつも電車の中や、病院の待合室や、美容院の椅子の上や、ベッドの中で好きな時に読むことにしていた。机の前に正座して長く読むのが、本を大切にする心、著者に対する尊敬と礼儀を表すもの、と知ってはいるが、それでは長く続かない。もちろん私の本が誰かに寝ながら読まれても、怒るようなことは決してない。 インターネットの愛好者は、多分大変折り目正しい人で、本を寝床で読んで楽しむ私は、かなり怠け者なのである。 しかし、考えてみれば、世の中は勤勉な人によって造られる分野と、怠けの精神が一つの発展のきっかけになる場合とがある。そのどちらの選択をも叶えてもらうのが、ほんとうの自由な社会というものだろう。
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