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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 神はすばらしい農夫  
コラム名: 私日記 連載47  
出版物名: サンデー毎日  
出版社名: 毎日新聞社出版局  
発行日: 1998/03/01  
※この記事は、著者と毎日新聞社出版局の許諾を得て転載したものです。
毎日新聞社出版局に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど毎日新聞社出版局の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   一九九八年二月三日
 九時半、日本財団で二月十五日からの英国行き打合せのため、グレイトブリテン・ササカワ財団の仙石節子さん来訪。
 十時執行理事会。小切手の間違いについて、全理事に報告。処置について考える。私をも含めた罰則については、私は体験がないので、非常識であってはならないから、馴れた人に考えてもらうつもりである。それより、どうしても単純ミスが起きないような仕組みの再構成が必要。
 十一時、スロバキア大使。
 午後一時、国際部案件説明。
 二時三十分、日経ホールで国際研修協力機構後援会。
 四時、ラジオ日本で吉村作治教授と対談。
 二月四日
 午前中、七、八年ぶりでお雛さまを飾る。途中で作業に飽きて、ドラヤキ風の和菓子一個を食べて、ドラえもんの心境。普段こういう甘いものはほとんど食べることがないのに。
 午後は雑用と原稿。ジンマシンもよくならない。意地悪な友だちは、それは意識下で抑圧された不満が火山のように噴き出している証拠だから、心療内科の領域だ、などと嬉しそうである。
 引退した小錦関でなくてよかったとしみじみ思う。ジンマシンがあの体の面積だけ出たら、痒さも増えるわけで、死にそうに辛いだろう。私だって相当大柄で、いやだなあ、と思っているのに。しかし、ジンマシンがきっかけで、短編一つできる。まだ書いてはいないけれど、小説というものは書かなくてもできているのである。
 仕事の合間に庭で初めて蕗の薹を採った。蕗味噌を作れるだけ採れたので嬉しい。蕗は臍曲がりだ。境の煉瓦からすべてはみ出して薹が出ている。勝手にしろ。
 二月五日
 三戸浜へ。
 ここでも花は買わない主義である。庭で咲いたものだけを花瓶にいける。今は水仙、猫柳、なぜか狂い咲きのグラジオラス一本。それにストレリチア(極楽鳥花)。ストレリチアは皆ハワイの花だと思っているが、この寒風の中でも堂々と露地で咲く。カンガルー・ポーと呼ばれる植物も、初め寒さにいじけて花をつけないように見えたが、だんだん花芽が増えて来る。皆寒さにこんなにも適用性があるのだなあ、と驚く。
 夕方、笹川理事長、尾形理事、小切手の件で、確認法の再検討の結果と、懲戒処分案を持って来訪。
 理事二人は減給。他の関係者は戒告となる。笹川理事長と私は、二人共無給なので、減給処分が適用できない。停職というやり方はあるが、これは三カ月以内の期間を決めて出勤を停止し、その間を無給とするものである。
 出勤の停止は理事長には効くかもしれない。何しろ一刻もじっとしていられない性分だそうだから。しかし怠け者の私にはだめだ。三カ月出勤停止など命じられたら、喜ぶばかりで罰にならない。こういう場合、世間に例があろうとなかろうと、うちなりの覚悟を示すべきだから、理事長と私は、罰金を払う形にしてもらいたい、と提案する。
 どこがそのお金を受けますか、と組織というものはややこしい話。災害時のための特別積立はいかがでしょう、という仮の案を立てるところまで煮詰まった。
 夕方、見事な夕陽。相模湾のかなたに落ちる熟柿に似た夕陽に向けて、海が誘うような金色の道を作っている。私の小説に一貫している人生への或る種の姿勢は、この夕映えの中でできている。
 二月六日
 友人二人来訪。二人をほったらかして、私は仕事。ご飯の時だけ、がやがやと賑やか。昼はここでも採って来た蕗の薹、人参、蝦でお座敷てんぷら。夜は採れたてのキャベツ一個を、ぽっちりの豚肉とスープで煮たら、お砂糖を入れたかと思うほど甘かった。オイスター・ソースをかけた中華風ステーキも悪くない。
 二月八日
 夜中の雨を全く知らないで寝ていたらしい。朝、素晴らしい雨の後の匂い。畑の人たちはどんなに喜んでいるだろう。人間が水を撒いたって表面がちょっと湿るだけだが、神さまが水を撒くと、実にたっぷりと地球の芯まで濡れる。神はすばらしい農夫。
 しかしいやなこともある。田舎の道だから、そのために家の前の泥濘で車のタイヤが滑って、脱出に十分くらいかかった。おかげで、ミサに少し遅れてしまった。
 ミサの帰り、お墓参りに寄る。私が一昨年脚を折ったところ。健康保険の費用を大分使って日本国家には申しわけないことをしたが、いろいろとおもしろい体験をしてちっとも嫌な記憶ではない。これからは使わせて頂いたお金をお返しするためにも、意地でも病気にならないつもりだ。
 帰りにマーケットでまたおでんの材料、味噌漬けにするブリなどを仕入れる。午後東京に帰ると、早速おでんを煮て、ブリを漬ける。
 三浦は、テレビでオリンピックが出る度に、素早くチャンネルを変える。だから私は伊藤みどりさんが奇抜な衣装で聖火台に火をつける姿だけをちらと見た。安っぽい学芸会みたいでお気の毒である。
 



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