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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 東京湾ごみ処理島  
コラム名: 私日記 連載46  
出版物名: サンデー毎日  
出版社名: 毎日新聞社出版局  
発行日: 1998/02/22  
※この記事は、著者と毎日新聞社出版局の許諾を得て転載したものです。
毎日新聞社出版局に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど毎日新聞社出版局の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   一九九八年一月二十七日
 今日から日本財団で月一回、広報のために内部の連絡会議を開くことにする。各部からさまざまな企画を「売り込んで」もらえば、財団が買っている広告の紙面を有効に重点的に使えるというわけだ。
 二時半から『教育ジャーナル』誌のインタビュー。
 四時から国際案件の説明を受けた。ひどく疲れる。国際部としては、よく調べ私情をはさまずに選んでいるのだ。しかし私の中の「鼠のような蚯蚓のような」動物的感覚が、認可した案件の六割以上に警鐘を鳴らしている。私が自分でやっている海外邦人宣教者活動援助後援会だったら、決して承認しない話だ。
 こういう時、私は民主主義の原則に従って、すべての案件を簡単に認めるべきだと知っている。なぜなら私の反対理由は、現段階では証明のしようがないからだ。やってみたら大丈夫だった、それどころか効果的な企画だった、かもしれないのだ。
 反対の理由が明確に示せない場合の動物的警告に対して、世間の組織の幹部たちは、民主主義の原則に従って賛成しているのだろうか。
 こういう奇妙な疲労は、家に帰ってもなかなか取れない。しかし人知では、決して百点満点の選択も解決できないことがあるという手応えは、意外と悪いものではない。
 一月二十八日
 東京発十時近くの新幹線で仙台へ。宮城県国際交流協会の国際協力フォーラムの講演会。
 いつも仕事が終わるとすぐ帰る。味気ないこと。しかもホームに駆け上がったら、東京駅までノン・ストップというのに間に合った。こんなくだらないことに満足を感じるというのは、何という貧困な精神か。
 一月二十九日
 厚生省の会議に行く前に財団に寄る。発行の小切手の額面に間違いがあった。再発行する小切手に印鑑を押すために立ち寄ったのである。
 これはすぐに発見されて大事には至っていないが、私自身は責任を感じてショックを受けている。
 しかし私個人は、財団の経理のすばらしい人たちの誠実な仕事ぶりには、かねがね深い尊敬を払い感謝している。
 昔、鹿児島県の内之浦にあった東大の宇宙研でロケットを見学していた頃、時々打ち上げ直前のチェックで具合の悪い個所が見つかることがあった。打ち上げ期日の延期が発表されると、新聞記著がやって来て「また初歩的ミスですか」と言う。スポークスマンの教授が大真面目で「ミスというものは、すべて初歩的なものです」と答えたのが印象的だった。
 別に記者たちをおちょくっているのではない。真実を述べているのだが、記者たちには不遜な答えをしているように思えたかもしれない。すべてのことは人間の間違いをも含んだ経緯で運ばれて行く。だから間違いの可能性に対しては謙虚にすぐ対応し続けなければならない。
 二時から厚生科学審議会先端医療技術評価部会。
 一月三十日
 東亜建設工業と共同企業体が、東京湾内でごみの処理場を作っている現場を見学する。新海面処分場建設工事である。東京湾は、夢の島から始まって新木場から若洲海浜公園へ。東雲?有明?台場の一続きの土地はその更に南の中央防波堤内側埋め立て地から外側埋め立て地へ。というふうにどんどん造成されている。すべてごみを捨てる場所である。夢の島など今はヨット・ハーバーと大温室の目立つレジャー・アイランドだ。建設中の処分場も平成二十年まででいっぱいの予定という。
 工事は海上に浮かんだマリンプラスチックドレンとサンドドレンの二つの地盤改良船で行われている。私は土地を作ってその上に捨てるのかと思っていたが、実は一種の止水壁を作って、ごみは海中に投棄するのである。その際に海水が溢流したり、汚水が止水壁から外に染みだしたりしないように、厳密な水止めの壁を作ると思えばいい。
 海の中には、砂やコンクリートを注入するための、作業船が泊まっている。一度に千トンの砂を運べる船が日に二隻やって来る。砂は圧搾空気と共に海底の地盤に押し込む。作業は日の出と共に始まり、日没で終了だという。男たちは海上の作業船に泊まる。
 それを聞いた途端「今度満月の晩に、食料とお酒持参で来ますから泊めてください」と言ってしまった。寝袋があれば、作業船の甲板の上に寝られる。そして縁の下の力持ち的な現場で働いている人たちから貴重な話が聞ける。
 一月三十一日〜二月一日
 久留米で講演。その後、新幹線で岡山へ。一日はアジア医師連絡協議会の菅波茂先生ご夫妻、事務局の田代邦子さん、札幌大学の鷲田小彌太教授、毎日新聞社の南蓁誼氏とで、長島愛生園へ中井栄一先生を訪ねる。ミャンマーとアフリカとそれぞれの旅行で知り合った絶妙のコンビ。九十五歳の中井先生の母上をテーブルの端に据えたまま、大声で「哲学ってなんどすえ?」式のおおらかで骨太でウイッティーな会話。すき焼のお鍋を前に、笑い転げて疲れる。
 最近時々疲れがひどいのは、血圧が下がってしまっているからなのである。
 



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