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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: アリと日本人?バカ呼ばわりのお人よし  
コラム名: 自分の顔相手の顔 249  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/06/28  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   外国で日本人の噂話や日本人論を聞くと、微妙な心理状態に陥る。私は素朴な愛国者でもあるので、日本や日本人のワルクチを聞くと腹が立つこともある。けれど他人の批判をただ怒っていては何にもならないので、それを日本で有益に生かしたいという思いにも駆られる。
 しかし外国で聞く日本人論は、強烈な当たりがどことなく和らげられていて、おかしくなる場合も多いのはどういう理由だろう。
 シンガポールの日本びいきのチャイニーズが、或る晩私たちを食事に連れて行ってくれた。まだ食前のビールの段階で、彼はおもしろい話をしてくれた。
 最近上海の人から聞いた話なのだが、上海ではこのごろよく、日本人はバカだ、と言っている人に会う。どうしてバカなのか、と聞くと、日本人は一流デパートでいくらでも万引きをさせてくれるからだ、という評判が立っているからだと言う。
 殊に日本橋にある老舗のデパートが一番仕事がし易い。それを目当てに万引き団が上海から絶えず稼ぎに行っているのだが、日本人はそれに対して厳しい対策も立てないで、ずっとお人よしに万引きさせてくれている。
 何しろ高価な物でも盗ませてくれるのだ。毛皮、スカーフ、靴、ハンドバッグ。何でも楽に盗める。皆いい子です。世界の人は皆お友達です。人を信じなければいけません。などという世界の七不思議みたいな教育をしている国だから、このうまい話は当分続くだろう、という予測である。
 万引き団はウハウハである。旅費だけはかかるが、上海と日本の間は飛行機で二時間足らず。当然運賃も高くはない。何しろ仕入れて来た商品の原価はただなのだ。どんな安値に売っても儲かる。
 同じ人が夕食の終わり頃には、また別の話をしていた。ソノさんが、いつか六階にある自分の部屋のワープロ用のテーブルの上で、こっそりビスケットを食べた話をしたね。屑を散らさないように細心の注意を払ったにもかかわらず、その十分後にはもう小さなアリが並んでやって来たんでしょう。アリ殺しの薬をやったから、続けて侵入することにはならなかったようだけれど、アリは三十階のビルにでも登って来る、とその人はしたり顔で言う。
 どうしてそんな高い所に、お砂糖やキャンデーやビスケットや虫の死骸があることがわかるんでしょう、と私が聞くと、その人は笑って「アリは利口だからね」と言う。
 もちろん、この人は、それぞれの話を自分の印象で締めくくっているだけなのだが、食事の前と後の話をつなげると、「アリは利口」で「日本人はバカ」というふうに聞こえないでもない。
 上海の商人は、日本人の考えられない厳しい商売上の戦いをする。上海は「クロコダイル・ポンド(鰐の池)」と言われるのだそうだ。そこに叩きこまれたら、自分で這い上がらないと、食い殺されるからである。
 



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