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著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: ゴルバチョフ元ソ連大統領 4)  
コラム名: 地球巷談 26  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 1997/06/29  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  政治権力の持つ“魔力”
 私とゴルバチョフさんとの出会いをつくるきっかけになったのが、一九九〇年に大統領首席顧問を務めていたヤコブレフさんとの知己を得たことだったのは、先に話した遡りです。
 当時、ヤコブレフさんはいわゆる新思考外交でのご意見番にとどまらず、ペレストロイカ政策全般での知恵袋でした。ゴルバチョフさんが共産党政治局員として八三年にカナダを訪問した際、駐カナダ大使だったヤコブレフさんから“冷戦体制の非”を説かれたことが、新思考外交、さらにはペレストロイカを生み出す契機となったことはよく知られています。二人は刎頸(ふんけい)の友だったのです。
 ところが、この二人の関係はゴルバチョフさんが、ソ連の大統領として九一年日本を公式訪問している最中に、大きな溝が生まれたのです。主席顧問として大統領に同行来日していたヤコブレフさんは、赤坂の迎賓館で「共産党が大統領排除を意図し、クーデターを計画している可能性あり」とのメモを提出します。身に迫る危険への忠言をゴルバチョフさんは一笑に付しました。
 「ヤコブレフ同志、君は党の威光と蛮勇を過大評価している」と。
 冷戦体制崩壊へ一方の旗頭だったゴルバチョフさんを西側マスコミは「時代の寵児(ちょうじ)」として報道している最中でした。大勢はわれにありとするおごりがゴルバチョフさんの政治的判断を狂わせたのかもしれません。
 これは、五月末、モスクワでヤコブレフさん本人から聞いた秘話です。
 日本訪問四カ月後の八月十九日、ヤコブレフさんが懸念した通り“三日間クーデター”が勃発(ぼっぱつ)します。それからは一瀉千里、十二月にはソ連邦そのものが消滅してしまいます。ゴルバチョフさんはソ連共産党の最後の書記長であり、最初で最後のソ連邦の大統領となったのです。
 今ひとつ、ヤコブレフさんの話してくれた秘話をご紹介します。訪日のあと、有名雑誌「アガニョーク」誌が、特ダネとしてゴルバチョフ大統領がヤコブレブさんの自宅、オフィスを盗聴していることをすっぱ抜きました。ヤコブレフさんはすぐにことの真偽を問いただしました。「同志よ。私も同じく盗聴されているかもしれないよ」とのゴルバチョフさんの答えは二人の仲を決定的なものにしました。
 三日間クーデターに先立つこと一カ月、彼は公式にゴルバチョフ支持陣営からの離脱を発表したのです。ゴルバチョフさんは一つの権力の頂点を極めた人です。そして、その政治権力の持つ魔力がゴルバチョフさんの目を曇らせたのでしようか。
 



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