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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 夢と現実?日本人はこの世界の人間か  
コラム名: 自分の顔相手の顔 368  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/09/06  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   ブラジルには、ピアーダと呼ぱれる作者不明の小咄があることは何度も書いた。ピアーダにはお色気話も政治風刺もある。ピアーダは新聞にも雑誌にもどこにも書かれていない。オフィスの片隅や、夕方ピンガという安酒を飲みながら、男たちが喋る。人から聞いた話に自分流の尾ヒレをつけて話すから、内容はもっとおもしろくなる。
 今度もブラジルに着くや否や在住の日本人から「有益な」ピアーダを聞いた。ブラジルの政権は、今までに右に左に揺れ動いた。中道と思われる時もあった。でもどちらになっても大して違わないのだそうだ。右傾した時の権力者は右手で公金を自分の懐に取り込む。左傾した時の政治家は、左手で汚職の金をポケットに入れる。中道政権の時は両手で国家の金をかき集めて私物化する。
 日本のように生まじめに政治家を非難するというのではなく、痛烈に笑い飛ばせるというのは大したものだ、と私は思うのだが、この大人気がやはり事を根本的に解決しないのかも知れない。
 サンパウロ市内を流れるチエテ川の改修工事のために日本政府は金を出している筈なのだが、工事の結果は機能していない。あの金の行方を日本政府はどうして追及しないのか、という話は何人もの人から聞く。ブラジル在住の一世たちでさえ、そういう金の使いみちがよくわからないのは、政府が外国(この場合はつまり日本)に対してどう思っているのだろう、と言うのと、「なあに外国の金だから使っちゃったっていい、と思っているんでしょう」と言うのと二つの考え方がある。
 ブラジルの貧しい人々相手のコミュニティ・センターなどで、日本人と土地の人たちの意識が大きく違うのを感じるのは、日本人が将来の夢とか生活の計画とかを聞く時である。
 日本には階級というものがないから、日本の子供は、幼い時から、将来なりたいものを聞かれると、「僕は新幹線の運転手さん」とか、「天文学者。火星に行ってみたい」とか、「アフリカで猿の研究をする」とか、勝手な夢を描ける。大人たちも「あと十年で家のローンを払い終りますから、そうしたら私も老後は郷里の村へ帰って釣三昧の暮しもいいと思いますなあ」などと、文字通り夢を語るのである。
 しかしアフリカでもブラジルでも、何年も先の夢など人々は考えたことがない。現実が夢なのだ。今晩の食料が手に入ること、どこかへ勤められること、今働いている工場が閉鎖されないこと、だけが関心事である。後はちょっとした目先の楽しいこと、サッカー、音楽、踊り、女の子にもてること、それくらいしかない。
 しかしその分だけ、現実はずっしりと手応えがある。現実の生活が、清潔で暑くも寒くもなくお腹もいっぱいなのに、まだコンピューターの世界に入りこんで、バーチャルリアリティーがないと生きていられないなどと言う日本人は、この世界の人間とも思えないだろう。
 



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