共通ヘッダを読みとばす

日本財団 図書館

日本財団

Topアーカイブざいだん模様著者別記事数 > ざいだん模様情報
著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 単純な理論?当惑させられる発想  
コラム名: 自分の顔相手の顔 22  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/02/03  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   時々、地方に行って当惑することが二つある。着くや否や、新聞記者にその土地の印象を聞かれることである。
 この頃、どこへ行っても、驚くほど同じような光景だ。昔は藁葺の農家もあったが、今はどこにも同じようなプレハブの明るい家が並び、商店街やショッピングセンターも全国一律の似た構造である。
 山が見えるとか、湖があるとかいう特徴もあるけれど、それらの魅力を認識するには、最低限一年は住むべきだろう。私が小説の中でいつも使うのは、三浦半島の西海岸の或る地域である。そこに私は三十年くらい前から家を建て、週末毎に行って百平方米くらいの畑で野菜を作っているから、四季を体で知っているので舞台に使うのだ。おいしいものも、思わぬ林の陰の光景も、海に沈む月も、対岸の水族館で啼くアシカの声もお馴染みだ。
 人に印象なんか聞くものではない。すぐ返って来るのはお世辞だけだ。それに、よそものにその土地の、魅力なんか簡単にわかるわけがない。褒めたとしたら、その土地の持つ毒を知らないからだし、反対にその土地に悪い印象を抱いたとしても、普通の外来者は、決してそんなことを口にしない。
 人が自分をどう思うか、ということは気にしても当然かもしれないが、そのことに関しては単純な理論があるだけである。嫌われたら嫌われている他はない。もちろん誤解があったら解く努力はすべきだろうが、嫌われたら首を竦めていればいい。真実を知っているのは、そこに住む人だけだ、と思っていればいいのである。
 一目でその土地の景色が好きになる、ということはよくあるけれど、私の知人の口の悪い人は「景色のいいところには、必ず性格の悪い人間が住んでいる」と言う。こういうことを、すぐ信じたり、言葉にめくじらを立てて怒ったりするのも大人げないことで、まあ、自分の故郷のよさは、なかなか他人にはわからないさ、と思っていればすむ。
 もう一つ困るのは、すぐ人間的な繋がりを強調することだ。「ここは、お宅の出身地だそうですが、感想はどうですか」と言われる。
 私は、今勤めている日本財団から、ナホトカ号の油漏れで汚染された福井県三国町にお見舞い金を届けに行った。届けるだけでなく、現地の実情も見ないと、今後の私たちの財団に入る情報が理解できないからである。現場には、日本財団からずっと一人が張りついて、地元の青年たちと連絡を取りながら、何が必要かを刻々東京に知らせて来ている。
 そこへ行っても新聞記者が、「三国はお母さんのご出身地だそうで」と開口一番である。母の出身地だろうがそうでなかろうが、私は油漏れを知るために来たのだ。母の故郷だから海の汚れをことさら嘆く、という予想された図式では、関係のない土地ではそれほどの感動を持たない、ということになってしまう。そういう発想はもう古い。
 



日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION
Copyright(C)The Nippon Foundation