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マラッカ海峡を望む灯台から、沖合いを一列に並び行進して行くタンカーが見えた。先ほどまで大粒のシャワーを叩きつけていた雨雲は、すでに遠く水平線に消えた。太陽は、爪先に短く影を落としていた。 一昨年の夏、マラッカ海峡にて、航路標識の点検作業に一週間同行し、四〇人のインドネシア人クルーとともに、海峡の中に点在するブイや沿岸の灯台などを巡回した。 長さ千キロに及ぶマラッカ海峡の中ほどインドネシア側に、ルパット島という小島が浮かぶ。この島には、海峡の航行安全に重要な役割を果たすタンジュンメダンという灯台がある。鉄骨やぐら組みの灯台は、まるで送電線の鉄塔のようだ。 日本人の技術指導者とともに、灯台の上で電球の交換などの作業を行なった。海は藍色の鏡のようだった。陸側に目を移すと、島全体がジャングル、その隅っこにへばりつくようにわずかな砂浜があり、波打ち際に十数軒の民家が軒を連ねていた。 地上五二メートルの灯台の上で、海峡を吹き抜ける風を心地よく受けていた。眼下には、海に暮らす人々が穏やかに暮らす姿が見えた。さざ波が打ち寄せる砂浜で、小船からその日の水揚げを取り込む家族、サッカーボールを追いかける子供たち。 この村で暮らす人々は、マレー半島から移り住んできたという。彼らは、インドネシア沿岸で獲った魚を対岸のマレーシアに売って生計を立てている。昔からマラッカ海峡を生活の場として、縦横無尽に行き来してきた人々だ。 日本をはじめとしたアジア諸国の経済成長は、こうしたマラッカ海峡で暮らす人々に多大な影響をもたらした。欧州、中近東と東アジアを結ぶこの海上ルートを一日に一〇〇隻を超える大型船が通航し、航行安全のため、総延長五〇〇キロに及ぶ分離通航帯と呼ばれる海のハイウェーが設置された。海峡で生きる人々にとっては、村の真ん中を高速道路で分断されたようなものであり、生活の糧である漁に出るときにも細心の注意が必要となった。 国連海洋法条約第四三条には、国際海峡は、沿岸国と利用国は航行の安全確保と海上汚染の防止のため協力することが述べられている。マレーシアなどの沿岸国は、海峡門の航路標識の整備などの費用負担を利用国に求めており、今、マラッカ海峡の安全確保のため、沿岸国と日本をはじめとした海峡利用国による新しい協力関係の枠組みが必要になっている。海峡の人々がいつまでも穏やかに暮らせることを、海峡から利益を受ける者の一人として心から願う。
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