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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 用心?貧しい人々に届いていますか…  
コラム名: 自分の顔相手の顔 91  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/10/21  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   昔、投書で、アフリカの子供が一部では飢餓で死んでいるのに、一部だけ助けて何になる、という手紙をもらったことがあった。
 いかなる人にとっても世界中、アフリカ中の飢餓や貧困を一度に救うことなどできるものではない。私は救援の基本の形は、身近な人、隣の人を助けることだと思っている。皆が自分の家族と隣の人とご町内の人に手をさし伸べて行けば、その輪は遠くまで及ぶ道理である。
 しかし同時に私は友達と笑い話で、この輪が拡がりにくい理由も語っていたのである。自分の老いた父母が何か少し頑ななことをすると、子供の中には私のように大人気なくハラを立てて喧嘩するのも結構いる。親にザンコクな言葉を投げつけて家を出て、最寄りの駅まで来る頃には後悔していて、もう二度とあんなことは言うまい、今日家に帰ったら優しくしよう、などと心に決めている。それなのに、夕方家に帰って五分もすると、もう親にハラを立てている。これの繰り返しである。
 それでいて、他人の親にはけっこう穏やかな気分になる。「まあ、それが年なのよ」などと言える。だから「親を取り替えて面倒見るといいかもねえ」と話し合ったこともあるのである。親に怒るというのは、実は相手を愛しているからなのだけれど。
 遠い国の援助は、その意味で誠に楽である。友人の親に対するように寛大でいい気分になれる。しかし私はこの頃、援助した実績が追跡調査できないところには、お金もものも送らない、という方に心が傾いている。
 国によっては政治体制で、私たちの調査を入れないところもある。いったん受け取った薬や品物は、もうこちらの国家のものだから、一切外国の調査はさせない、と言い切った役人にも会ったことがある。
 どの国家も、自分の国のシステムを自由に作る権利がある。私たち外国人が、それをとやかく言うのは非礼である。しかし同時に私たち民間の援助のものやお金は、追跡できないシステムの政治体制を持つ国には送らないという自由もまたこちらには残されている。
 世界中やアフリカ中を救うことはできないのだから、私は民間からの善意のものやお金は、はっきりと貧しい人々のところへ行くことが見極められる場所からまず送りたいと思う。監査をするというのは自由主義社会では当然のことだから、失礼に当たらないように気をつけながら「うまく行ってますか」と覗かせてくれるようなところだけを選んで送る方向に限定したいのである。
 日本人は今まであまりにも人が良すぎた。世界中で、可能性としては、大統領も、大臣も、市長も、村長も、院長も、医者も、神父も、福祉委員も、教師も、軍人も、警察官も、貧しい人同士も盗みます、と言うと、それだけで私はひどい奴だ、という目で見られたものである。しかし援助を担当する者は、その可能性に対して、醜い用心をするのが義務なのである。
 



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