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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: マラリアつき旅行  
コラム名: 私日記 連載20  
出版物名: サンデー毎日  
出版社名: 毎日新聞社出版局  
発行日: 1997/08/10  
※この記事は、著者と毎日新聞社出版局の許諾を得て転載したものです。
毎日新聞社出版局に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど毎日新聞社出版局の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   一九九七年七月十六日
 昨日午後、長い外国旅行から帰ったので、ほんとうは家で一日ゆっくり休むはずだが、前々からの予定通り、日本財団で新聞記者会見と懇談会を行うことにした。
 文句は言えない。私の留守中に笹川陽平理事長はいろいろと忙しいことであった。
 まず北朝鮮に行って、金正日に極めて近い人に会い、日本人妻の一時里帰り問題を話し合って来た。またロシアに行って、先日外務省がアレンジできなかったレベジ氏に会って来た。
 マスコミに対しては当然それらの話が第一のニュースであることはわかり切っているのに、笹川理事長という人はあまりにも礼儀正しいので、手がかかる(これはワルクチなのだ)。理由は会長の私が南米とフランスの話をする前に自分が報告をするのは失礼だと言うのである。
 広報は、二人の間に立ってどうしましょう、というわけだ。こういう時には、私は騙し討ちをやることに決めている。「陽平さんの好きなようにしましょう」と言っておいて、現場で裏切るのである。
 果たしてテレビのマイクは五本ほど。記者の数も四、五十人。さっさと笹川理事長に北朝鮮の状況を話してもらうように私が司会してしまう。
 理事長は北で日本人妻を五百人帰してください、と言ったというので、昨日私は「その数はどうして?」と聞いたのである。すると「飛行機一機出しますと、それぐらいの数になりますから」と言う。
 かつてピンポン外交というのがあった。アメリカと中国の国交回復のきっかけになったものである。誰でも何でもいいだろう。ことが平和と人道の方向に動くものなら、きっかけや理由は「小事」である。もうかなり高齢になりかけている方たちにできるだけ早く、一目日本を見せ、肉親に会わせてあげることができさえすればいい。幸い北朝鮮も人道的な理由で帰すと言っているというのだから、その裏を考え過ぎるのは却って失礼というものだろう。
 世の中には官のできることと民のできることがある。官にしかできないことも多いが、民に任せておいた方が無難なこともある。それが両者が共存しなければならない理由であり、そのような水道がいたるところに複数ついていることが外交上の安全に繋がる。しかし官が動き出してくれれば、日本財団は何もしなくて済むのだから、こんなラクなことはない。
 会見の最後に、この秋、霞が関とマスコミの双方から、アフリカの貧しい国の奥地に入って実地を見る計画の発表をした。今、世間はやたらに竦んでいて、官僚たちは民間のオフィスに来ると、シブ茶ならいいけどコーヒーを飲んではいけないなどと、マンガみたいな愚かな規則に縛られている、と言う。
 しかし何度も書いているように私はそんなことをしていたら日本はダメになると思っている。それでまず厚生省に正式にその旅行に人を出してくださるようにお願いした。
 費用は日本財団が出すが、饗応にならないように、飛行機もエコノミークラス。行く国も、今のところマダガスカルとアンゴラという途上国を予定している。マダガスカルの目的地は、首都から数百キロ離れた電気も水道もホテルもない土地だから、悪路をトラックで移動することになるかもしれない。その代わりマラリアや細菌性の下痢などには事欠かない。寝袋もご持参願う。そういう土地へ、誤解が発生しないようマスコミといっしょにおいで頂く。
 厚生省には既に熱帯病の専門家を派遣することを理解してもらっている。運輸省も了承済み。後は通産か農水の方をお一人、私としては希望している。いずれにせよ三十五歳以下の若い方に、将来の日本のために世界の最低の生活を見ておいて頂くひどい旅を計画している、と言ったら、後でかなりのマスコミからブーイングが出た。三十五歳以下とは何だと言うのである。
 それで記者会見後、財団の屋上で焼き鳥と焼きジャガイモのおつまみでビールを飲む懇談会に移った時、前言を取り消した。私は圧力に弱いし、平等・公平などというものにもあまり美学を感じていないので「霞が関は差別して三十五歳まで、マスコミは年齢を問わないことにします」と訂正した。ひどい旅に来たがるオジサマ族が、マスコミにもいまだ多数残存していることは大きな希望である。
 七月十七日
 北朝鮮、日本人妻の里帰りに関してアジア太平洋平和委員会を通して発表。昨日の記者会見は、幸運を交えて正しい時期であったことが判明した。北朝鮮が、国際社会で信頼と共に受け入れられるかどうかを示すのはこういうチャンスであり、我が国の外務省がどれほど素早く大局に立って行動できるかを示すのも、こういう機会である。
 七月二十日、海の記念日
 午後、竹芝桟橋に係留されている「ヴァンテアン」号上で、第一回海洋文学大賞の贈呈式が紀宮清子内親王殿下のご臨席の下に行われた。
 石原慎太郎さんは、選考委員会の席で「こんなものは海洋文学じゃない。海浜文学だ」と厳しさを示したが、私はすべてのことは、一つのきっかけだ、と思っている。
 



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