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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 半分半分?そのあいまいさ、いとおし…  
コラム名: 自分の顔相手の顔 159  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/07/13  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   仕事で沖縄へ行った帰り、飛行機に乗るまでの間、何十年ぶりかで繁華街を歩いた。当然のことだけれど、きれいで華やかになり、生鮮食料品を売る区画だけは、広域冷房がされている。
 そこで、東京育ちの私は珍しいものを見た。豚の脇腹の肉とおぼしいものに塩をたっぷりとまぶしたものである。
 沖縄は東京より涼しいと思うが、それでも外気温は三十度を超えているだろう。その中で、この塩漬けの肉は、冷蔵庫にも入れずに売っている。
 どうして食べるのですか? と売り場のお嬢さんに聞くと、親切にやり方を教えてくれたので私はそれを買って帰った。車の運転手さんはこともなげに「昔は冷蔵庫なんかなかったから、こういうものを作ったんですよ」と言う。知恵という言葉をひさしぶりに思い出した。
 この塩蔵豚肉はすばらしいおいしさであった。薄い塩水で塩抜きをしてから、私は二度茹(ゆ)で零(こぼ)した。適当な塩味を残していて、そのままでまずビールのおつまみにした。翌日は朝ご飯に、薄く切ってフライパンで焦げ目をつけて、ベーコンとして食べた。これもおいしかった。三日目には、新しい胡瓜ともやしがあったので、茹でて冷蔵庫の中に入れてあった塩豚を細く切って中華風のサラダにした。つくづく冷蔵庫なんかなくても、塩をまぶすという保存の仕方があったのだと教えられた。自然のいい塩が豚肉をかえってしっかりした味のあるものにしている。
 沖縄の人に「大田知事は人気があるんでしょう?」と聞くと「まあ半分半分ですよ」と言う。嘉手納基地の近くを通りかかると、「こっち側は飛行機の進入路に当たっていなくて騒音もないから、基地に賛成ですよ」というのでおもわず笑ってしまった。ほんとうにどこでも人間というのはご都合主義で、自分勝手なものだ。だから人間はおもしろい。
 沖縄の新聞は二紙とも、そういう半分の意見を伝えないでしょう、と言うと「今は少しよくなったけどね」と言う。それならこれも半分半分に近付いているのだろう。
 考えてみると人間世界はだいたいよさも悪さも半分半分だ。私は作家としてそれを伝え、一人の人間としてはそのあいまいさをいとおしむことにして来た。半分の悪や半分の狡さを残すことを少しも非難する気はなかった。なぜなら、自分が半分狡いと認めている人は、必ず半分の狡くない部分を残している。半分悪いと自覚している人は、必ず半分の輝いた部分を持っている。自分は全部いいという人は、たぶん全部嘘なのである。
 沖縄ではマリンピアザオキナワという海洋スポーツを正式に訓練してもらえるホテルつきの施設がオープンした。
 前夜祭の時お祝いの席をちょっと抜け出してテラスに出た。わざわざハワイまで行かなくても、ここには魂がとろけそうなみごとな夕陽の色がある。この世のものとは思えない鮮やかな光を、生きているうちにちにまた一度見られて幸福だと思った。
 



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